YS−11でアメリカ中西部を行く
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今回はミズーリ州セントルイスで、Tatさんが発表して下さった、素晴らしいYS-11の操縦を練習し、各地を経由して、アリゾナ州フェニックスまで進みます。このうちセントルイス=カンザス=デンヴァー間は、奇しくも1966年にYS-11初の海外宣伝飛行として行われた、全米デモフライトの一部分をたどる旅となります(飛行方向は逆ですが)。
では以下に、フライトプランをご紹介しておきましょう。
◎ランバート・セントルイス国際空港(KSTL)Var1.9
VOR 116.45 384509N-902139W RWY30 ILS-111.30
▼279度206nm
◎カンザスシティー国際空港(KMCI)Var5.3
VOR 113.25 391827N-944326W
▼274度459nm
◎デンヴァー国際空港(KDEN)Var10.7
VOR 114.70 395340N-1043728W
▼223度525nm
◎フェニックス・スカイハーバー国際空港(KPHX)Var11.5
VOR 115.60 332626N-1120034W
文中、Varとあるのは磁気偏差(ヴァリエーション、プラスは偏東、マイナスですと偏西)です。また最近私は、緯度経度の度・分・秒を省略し、続けて6ケタ数字で書いています。数字末尾のNは北緯、Wは西経です。分かりにくくて、ごめんなさい。
●YS-11の栄光と悲劇:
フライトに入る前に、ちょっとYS-11について、振り返っておきます。
6月18日付の本連載で、私は別冊航空情報「戦後国産機開発の苦闘と教訓 テストパイロットの証言」(長谷川栄三著)という本をご紹介しました。テストパイロットの立場から、航空機開発の全容を描いた面白い本で、何機もの開発経過が紹介されていますが、一番読み応えを感じたのは、やはり戦後日本の「プロジェクトX」的な苦労話に満ちた、YS-11の物語でした。
この本でもっとも強く感じたのは、設計者とパイロットの視点の違いです。YS-11の設計陣には、軍用機を設計したエンジニアも多数いましたが、陸軍を経て戦後は米軍の訓練を受け、空自の輸送機で飛び回った著者とは、中型旅客機のあるべき姿について、大きなイメージの違いがあったようです。特に印象的だったのは、ロール方向の操縦・安定性を巡る考え方の違いでした。
YS-11は1200mの滑走路で運用するため、或る程度STOL(短距離離着陸)性能を狙いましたので、フラップのスパンは大きく、その分エルロンが小さい機体です。設計陣は上反角を小さく抑え、ロール復元力を少なくしておけば、小さなエルロンで十分に操縦可能、という説でした。軍用機の場合は復元力が小さい方が、一度与えたバンク角を保持しやすく、機関銃の命中率がよい、という設計体験が尾を引いた判断のようにも思えます。
これに対し、長谷川氏らパイロットの意見は正反対で、エルロンの小さな機体は、横安定(ここでは、バンク角を一定に保つ性質)を「ふらふら」にしておき、逆に復元力は大きくする必要がある、というものでした。結果的にはパイロット側の指摘が正しく、YS-11の試作機は操縦桿を手放すとロールから自動復元せず、ことに右旋回では、バンク復元には非常に強い操舵力を必要とすることが分かりました。
YS-11のプロペラは左回転ですので、トルクとPファクター(迎角がある場合、プロペラ回転面の左右で推力差が生じ、ヨーを起こす現象)や、プロペラ後流内では主翼の揚力が非対称になる…などの現象により、機体には右ロール・右ヨーが出やすい傾向があります。そのため右エンジンが万一止まると、左エンジン停止時に比べ、スピンに入る可能性がより高く、右側をクリティカル・エンジン(停止すると危ないエンジン)と呼びます。YS-11は離陸性能向上(と、恐らくは燃費改善)を狙って、直径が4m以上もあるプロペラを付けていますから、こうした影響が大きいようです。
クリティカル・エンジン停止時の最低操縦可能速度(Vmc)を調べるのは、重要なテスト項目ですが、あまり高空では失速速度より低くなってしまい、実施できないと聞きます。YS-11試作機のVmcテストも、恐らく3000ftくらいで行ったのでしょうが、操縦・安定性をあまり改修せずに試したところ、110Ktまで減速した時点で左エルロンを使い切り、さらに機首を上げて減速したところ右スピンに入り、からくも1旋転半でリカバリーしたそうです。耐空証明を取得するには大改造を加え、当初の設計では4度15分だった上反角を、6度15分に増やさざるを得ませんでした。
またYS-11試験機は初期段階で、ピトー管の静圧検出口を、機首のかなり上に付けていたため、長谷川氏らが「雨が入ります」と指摘したところ、設計者は「ここが空力的にベスト。魚の目が付いている場所と同じです」と取り合いませんでしたが、果たして雨中の飛行テストでは浸水し、気速計と高度計が、デタラメな数値を指して焦ったとか…本書には結構怖い、興味深いエピソードがいっぱいです。
と言っても、これは設計者がダメだった、というわけではなく。本格的な旅客機を初めて設計・製造するのはいかに難しいか、また設計者とパイロットはいかに立場が異なり、従ってどちらの意見も重要か、という例だと思います。
やがて熟成を終えたYS-11は、北米でデモフライトを実施。極めて優れた安定性が、航空関係者に強い印象を与えたそうで、サンフランシスコではボーイングの首脳陣を乗せ、会心のVmcフライトを披露。失速寸前の85Ktで3舵のトリムを取り、操縦桿から手を離して見せると、「こんなの、見たことない!」と称賛の声が上がった…というくだりは感動的です。
それだけに。赤字の末に製造を中止して後継機も造らず、貴重なノウハウが散逸したのは、大きな悲劇と感じられます。エアバスだって、大赤字を20年間持ちこたえて、ようやく世界にシェアを確保したのですから。
●セントルイスで、YS-11とDC-3に試乗:
前置きが長くなりましたが、この本の余韻にひたっている間に、TatさんのYS-11に巡り会えたのは、私にとって非常に嬉しいことでした。
「旅日記」で前回到着したセントルイスは、先程お話しした、全米デモ飛行12カ所の寄港地に入っています。さっそくTatさんのYS-11で、ランバート国際空港を離陸。燃料半分でフラップ1段下げ、130Ktで浮きました。約40年前の、貧乏で自信のなかった日本をしのびながら、操縦のカンをつかみます。
最高速度は5000ftで287KIAS、10000ftでは288KIASと予想以上に俊足。旅客機としては旋回操作が容易で、6倍速でも安定して飛び、この速度のままオートパイロットで旋回しても、安定した変針が可能です。着陸は120Ktで行い、これも比較的易しいと感じました。ざっと燃費を計ると、1800nmくらいは飛べそうで、クロスカントリーが楽しみになりました。
YS-11が就航したころは、まだ戦前の名機・ダグラスDC-3が世界のあちこちで、たくさん飛んでいました。幸いFlightGearにはDC-3があるので、比較のために試乗してみることにしました。
古い尾輪式の機体だけに、地上姿勢では視界が悪いですが、空中では、なかなか快適に操縦できます。燃料搭載量を半分で試したところ、10秒も走らないうちに80Ktで離陸。上昇力は100Ktで毎分2000ft、5000ft通過時には毎分1500ftでした。現代機より少ない数値ですが、予想よりはぐんぐん上昇します。舵は軽く効いて、操縦はごく容易な印象です。(YS-11も悪くありませんが、ピッチとヨー方向では、しばしば舵を、最大舵角まで使い切ってしまい、あと2割程度の余裕が欲しいと感じました。ただしこれは、リアリティーとの兼ね合いの問題ですので、改善して下さいという意味ではありません)
FlightGearのDC-3は、プロペラピッチとミクスチャーが調整可能で、10000ftでピッチ最大とし、ミクスチャーをリーン側に半分引くと、燃費が2.46nm/galまで改善されました。調整操作は面倒ですが、また楽しくもあります。というわけで気分よく飛んだのですが、アプローチでは前が見えにくく、着地はちょっと緊張気味。うまく行ったと思った途端、グラウンドループ気味に機首を振って、グリーンに出てしまったのは残念でした。いい機体ですが、古いし遅いという総合印象です。
●YS-11でカンザスへ:
では、YS-11で旅をします。初めての機体ですので操縦しやすいように、天候はリアルウエザーを切って、190度の風4Kt、雲量は4100ftにscattered、20000ftにcirrusとしました(これは最近、私がリアルウエザーを使わない時の定番です)。この航程は約200nmしかないので、搭載燃料は半分です。
UTC1805時にエアボーン、一度タッチアンドゴーを試した後、計画通りのコースに定針。微風では離着陸時にまったく偏向せず、非常に楽でした。1816時、10000ftで250Ktを出すとスロットル開度は65%くらい。燃費は0.86nm/gal。毎分2000ftで上昇すると、15000ft通過時は全開で202Ktまで減速して、燃費は0.64nm/galを記録。1824時、20000ftに達しました。
ここでカンザスのVOR周波数をセットして、オートパイロットでCDIの針路保持を掛けます。ショートカット・キーでプロペラピッチを動かしたら、ちゃんと燃費が急激に好転したので、嬉しくなった途端、FlightGearが勝手に終了してしまいました。場所はちょうどコースの半分。原因は不明です。
エルトン・ヘンスレー・マンという空港の真上でしたので、同空港から離陸し直し、高度10000ftを巡航。以後プロペラピッチには触らずに、ひたすら平らなミズーリ州を飛び続けました。広大な農地に川がゆったりうねり、まことに平和な景色です。カンザスシティー空港の北約10nmの湖上で、オートパイロットを使ってグライドパスに乗り、間もなくローカライザにもうまく乗りました。このYS-11は、マイナス3度くらいのピッチ角で降下するので、実機の降下姿勢とよく似た印象です。ほぼ完璧な接地をしたと思ったら、機体が地面に沈んでしまいました。ギアは出ていたのに、まったく残念。原因不明ですが、マップのバグと考えています。
カンザス到着後、YS-11のライバルだったフォッカー・フレンドシップの代りに、後継機のF27も飛ばしてみましたが、この機体はピッチ方向の安定が非常に悪く、オートパイロットでILS保持を掛けると、勝手に竿立ちになって失速し、私にはとても乗れないと思いました。
●YS-11新バージョン登場、Vmc飛行に成功:
カンザスまで飛んできた時点で、TatさんがYS-11の新バージョンを発表されました。プロペラの回転方向が修正され、実機同様に右がクリティカル・エンジンとなり、やや回転数も上がって、少し低すぎた爆音が高音寄りに修正されました。またフラップや脚のアニメーションなど、外観やパネルも整備が進んでいます。どうも、ありがとうございました。
新しい機体で短時間、慣熟飛行を行います。
燃料を4分の1に減らし、180度12Ktの風の中、方位100度で離陸滑走。初めてまともに横風を受けたのですが、本機はかなり敏感に、風上に機首を振る性質が感じられます。ラダー修正ではとても足りないので、左ブレーキを連打したところ、今度は速度が上がらないジレンマに直面。何とか100Ktに達して離陸しましたが、機体を軽くしておいて、よかったです。
新バージョンでは片肺飛行が可能になりましたので、YS-11試作機が苦労したVmcフライトを試しました。この飛行は、ギアもフラップも格納した状態で行います。3000ftまで上がって、まず危険の少ない左エンジンを停止。様子を見ましたが、何も問題はなかったので再起動し、続いて少し緊張しながら、クリティカル・エンジン(右側)を止めました。
オートパイロットが、すかさず機体を2〜3度左バンクさせてバランスを取り、ピッチアップして高度を維持。私は5Kt刻みで減速し、実機が記録したのと同じ85Ktまで減速しましたが、この状態でも8〜10・5度くらいのピッチを保って、見事に安定して飛んでくれており、嬉しくなりました。マイアルバムに画像をアップしておきます。ただし、片エンジン全開では高度が維持できず、次第に2000ftまで降りたのでテストを中止。約30分の飛行後に無事着陸しました。Vmcは飽くまでも「最低コントロール速度」ですので、高度が下がるのは、まあいいんじゃないか…と思いました。では、デンヴァーへ向かいます。
●日の丸旅客機、デンヴァーへ:
燃料を7割に増やし、リアルウエザー環境で、カンザスシティー空港から離陸を試みましたが、今回も横風の影響が強く出て、ブレーキで調整すると加速しきれず、滑走路端でいったん停止。燃料を6割に減らしてリアルウエザーを切り、最初の飛行と同じ、190度4Ktの風にして再離陸しました。
125Ktでローテーション。快調な飛行ぶりですが、Tatさんがどこか調整されたのか、新バージョンは何となく、アンダーパワーな感じがします。(この方が実機に近いのだろうと思います)
オートパイロットをセットし、ミズーリ川を越えてカンザス州へ(注:カンザスシティー空港は、実はミズーリ州の西端にあります)。ひたすら広大な農地が続き、いかにもオズの魔法使いと竜巻の国。FlightGear Ver1.9.1が描き出す、なかなか表情豊かな雲に見とれながら上昇し、トップへ出て10000ftで巡航。本機はまだVORが使えないので、コンパスでコースを決めたら、後はAtlasが頼りとなります。YS-11は4倍速でマップの継ぎ目(?)を超えるときも、ピラタスPC7改などと違って、ほとんど動揺がありません。これは嬉しいことですね。エンジン全開、235Ktで飛び続けます。
1時間も経つと、少し山がちになって、そろそろコロラド州。風が弱いので、非常にラフな推測航法をしてきましたが、ほぼデンヴァー空港に的中する気配です。アプローチのリードを取るため、10度あまり変針。標高が上がったため、雲が地表を這い始め、空港も雲の中かと心配しましたが、無事に滑走路が視界に入りました。デンヴァーは標高約1600mもあり、空港も標高5000ftを超えます。そのためファイナル・アプローチに入っても、高度計が7000ftくらいを示し、妙な気分でした。またここは、全米でもっとも発着便数の多い空港で、滑走路が6本もあります。将来足りなくなれば、あと6本増設する計画だそうで、さすがに日本とはスケールが違います。
ここまでは順調だったのですが、オートパイロットがILSをつかんでくれません。6本の滑走路のうち、南北に走る4本の周波数をすべて試しましたが、ダメでした。幸い視界がいいので、そのまま目視着陸しましたが、またも機体が地中に潜ってしまい、がっかりしました。このトラブルは現在のところ、他の空港へ向かうクロスカントリーのみで発生し、ラウンド・ロビン(出発地に舞い戻る飛行)では起きない模様です。
面白くないので、カンザスとの中間点にあるMC Cook空港(KMCK)まで戻ってみたところ、正常に着陸できましたので、やはりデンヴァー空港のマップデータのバグと思われます。なおデンヴァー空港は、滑走路の両端で同じILS周波数を使っていますが、FlightGearはこの場合、オートパイロットが誤動作したり、反応しないケースが多いような気がします。
●これって、バックサイド領域ですか?:
YS-11で旅を続けます。デンヴァーからロッキー山脈を越え、アリゾナ州の州都フェニックスに向かいます。デンヴァー市街地を抜けると、すぐ山ですので気持ちが焦り、離陸後は少々強引に、ピッチアップして上昇に移行したのですが、この時に少々変わった体験をしました。
エンジン全開、ギアもフラップも納めたのに、高度も速度も、ちっとも上がりません。YS-11は広い市街地の上を、いつまでも約100Ktで低空飛行しています。今回は満タンで少々重いのですが、それにしても異常です。あれこれ点検すると、機体は約12度もピッチアップして飛んでいます。ははあ、原因はこれですね。
オートパイロットを掛けたまま下げ舵を取り、いったん機首を水平に。するとYS-11は生き返ったように加速し、エレベーターを緩めると上昇に転じました。やはり過大なピッチアップが原因だったようです。離陸直後に、十分加速せず機首を上げた時、「速度を落とすほど、必要パワーが増える」という、いわゆる飛行特性の「バックサイド領域」に踏み込んだのではないかと想像しています。
新明和PS-1飛行艇などが、このような飛行特性を持っていることは知っていましたが、フライトシム上でそれらしい体験をしたのは、今回が初めてでした。
●天測しながらフェニックスへ:
今回の一連のフライトでは、かなり飛行距離を稼ぎました。そろそろ気分は半分、西海岸に飛んでおります。その先には太平洋横断飛行が待っており、VORは沿岸でしか使えませんので、このあたりから本気で、長距離洋上航法の研究を始める必要があります。
実機なら現在はGPSやINSを使い、何の問題もないのですが、フライトシム上では最初から「正解」が約束されてしまい、航法の面白味が無くなる、と私は思っています。コンコルドのように、INS(GPS)モード以外では事実上航法が困難な超高速機や、六分儀が絶対に似合わない747などは別にしまして、私はVORのない場所で小型機を飛ばすなら、やはり推測航法に天文航法など、新しい工夫を組み合わせて、自分の技術やアイディアを試したい気持ちが強いです。というわけで、デンヴァー=フェニックス間の525nmでは、久しぶりに天測のテストをしました。海保や海自仕様のYS-11でしたら、潜望鏡式六分儀の取り付け穴が、天井にあるのではないでしょうか…。
この飛行では2回天測を行い、自作の航法ワークシートで緯度経度を計算しました。離陸後1時間目は、誤差が南へ9nm、西へ7nmで十分に合格点。しかしフェニックス付近で行った、2時間後の測位結果は、南へ43nm、東へ19nmもずれまして、時間経過が増えると急激に誤差が増す傾向は、以前のままです。フリーウェアの天測計算ツールも試しましたが、これも使い物にならず。FlightGear Ver1.9.1では、天体関係の改良は特にアナウンスされていませんので、ダメ元のつもりだったのですが、やはりがっかりしました。
天文航法はすでに昨年から、膨大な時間とエネルギーを使って試行錯誤を重ねていますので、正直これ以上は、あまり改善策を思いつきません。どういじっても、今回の世界一周の太平洋横断には、間に合わない気がしています。長距離洋上航法の熟成は、今後の宿題です。
…いささか気落ちしながら、フェニックスに到着。スムーズにYS-11を降ろしました。今度は滑走路が正常に機能し、地下に潜り込まずに済みました。次回はたぶんピラタスPC7改を使って、コロラド高原を散策します。
今回はミズーリ州セントルイスで、Tatさんが発表して下さった、素晴らしいYS-11の操縦を練習し、各地を経由して、アリゾナ州フェニックスまで進みます。このうちセントルイス=カンザス=デンヴァー間は、奇しくも1966年にYS-11初の海外宣伝飛行として行われた、全米デモフライトの一部分をたどる旅となります(飛行方向は逆ですが)。
では以下に、フライトプランをご紹介しておきましょう。
◎ランバート・セントルイス国際空港(KSTL)Var1.9
VOR 116.45 384509N-902139W RWY30 ILS-111.30
▼279度206nm
◎カンザスシティー国際空港(KMCI)Var5.3
VOR 113.25 391827N-944326W
▼274度459nm
◎デンヴァー国際空港(KDEN)Var10.7
VOR 114.70 395340N-1043728W
▼223度525nm
◎フェニックス・スカイハーバー国際空港(KPHX)Var11.5
VOR 115.60 332626N-1120034W
文中、Varとあるのは磁気偏差(ヴァリエーション、プラスは偏東、マイナスですと偏西)です。また最近私は、緯度経度の度・分・秒を省略し、続けて6ケタ数字で書いています。数字末尾のNは北緯、Wは西経です。分かりにくくて、ごめんなさい。
●YS-11の栄光と悲劇:
フライトに入る前に、ちょっとYS-11について、振り返っておきます。
6月18日付の本連載で、私は別冊航空情報「戦後国産機開発の苦闘と教訓 テストパイロットの証言」(長谷川栄三著)という本をご紹介しました。テストパイロットの立場から、航空機開発の全容を描いた面白い本で、何機もの開発経過が紹介されていますが、一番読み応えを感じたのは、やはり戦後日本の「プロジェクトX」的な苦労話に満ちた、YS-11の物語でした。
この本でもっとも強く感じたのは、設計者とパイロットの視点の違いです。YS-11の設計陣には、軍用機を設計したエンジニアも多数いましたが、陸軍を経て戦後は米軍の訓練を受け、空自の輸送機で飛び回った著者とは、中型旅客機のあるべき姿について、大きなイメージの違いがあったようです。特に印象的だったのは、ロール方向の操縦・安定性を巡る考え方の違いでした。
YS-11は1200mの滑走路で運用するため、或る程度STOL(短距離離着陸)性能を狙いましたので、フラップのスパンは大きく、その分エルロンが小さい機体です。設計陣は上反角を小さく抑え、ロール復元力を少なくしておけば、小さなエルロンで十分に操縦可能、という説でした。軍用機の場合は復元力が小さい方が、一度与えたバンク角を保持しやすく、機関銃の命中率がよい、という設計体験が尾を引いた判断のようにも思えます。
これに対し、長谷川氏らパイロットの意見は正反対で、エルロンの小さな機体は、横安定(ここでは、バンク角を一定に保つ性質)を「ふらふら」にしておき、逆に復元力は大きくする必要がある、というものでした。結果的にはパイロット側の指摘が正しく、YS-11の試作機は操縦桿を手放すとロールから自動復元せず、ことに右旋回では、バンク復元には非常に強い操舵力を必要とすることが分かりました。
YS-11のプロペラは左回転ですので、トルクとPファクター(迎角がある場合、プロペラ回転面の左右で推力差が生じ、ヨーを起こす現象)や、プロペラ後流内では主翼の揚力が非対称になる…などの現象により、機体には右ロール・右ヨーが出やすい傾向があります。そのため右エンジンが万一止まると、左エンジン停止時に比べ、スピンに入る可能性がより高く、右側をクリティカル・エンジン(停止すると危ないエンジン)と呼びます。YS-11は離陸性能向上(と、恐らくは燃費改善)を狙って、直径が4m以上もあるプロペラを付けていますから、こうした影響が大きいようです。
クリティカル・エンジン停止時の最低操縦可能速度(Vmc)を調べるのは、重要なテスト項目ですが、あまり高空では失速速度より低くなってしまい、実施できないと聞きます。YS-11試作機のVmcテストも、恐らく3000ftくらいで行ったのでしょうが、操縦・安定性をあまり改修せずに試したところ、110Ktまで減速した時点で左エルロンを使い切り、さらに機首を上げて減速したところ右スピンに入り、からくも1旋転半でリカバリーしたそうです。耐空証明を取得するには大改造を加え、当初の設計では4度15分だった上反角を、6度15分に増やさざるを得ませんでした。
またYS-11試験機は初期段階で、ピトー管の静圧検出口を、機首のかなり上に付けていたため、長谷川氏らが「雨が入ります」と指摘したところ、設計者は「ここが空力的にベスト。魚の目が付いている場所と同じです」と取り合いませんでしたが、果たして雨中の飛行テストでは浸水し、気速計と高度計が、デタラメな数値を指して焦ったとか…本書には結構怖い、興味深いエピソードがいっぱいです。
と言っても、これは設計者がダメだった、というわけではなく。本格的な旅客機を初めて設計・製造するのはいかに難しいか、また設計者とパイロットはいかに立場が異なり、従ってどちらの意見も重要か、という例だと思います。
やがて熟成を終えたYS-11は、北米でデモフライトを実施。極めて優れた安定性が、航空関係者に強い印象を与えたそうで、サンフランシスコではボーイングの首脳陣を乗せ、会心のVmcフライトを披露。失速寸前の85Ktで3舵のトリムを取り、操縦桿から手を離して見せると、「こんなの、見たことない!」と称賛の声が上がった…というくだりは感動的です。
それだけに。赤字の末に製造を中止して後継機も造らず、貴重なノウハウが散逸したのは、大きな悲劇と感じられます。エアバスだって、大赤字を20年間持ちこたえて、ようやく世界にシェアを確保したのですから。
●セントルイスで、YS-11とDC-3に試乗:
前置きが長くなりましたが、この本の余韻にひたっている間に、TatさんのYS-11に巡り会えたのは、私にとって非常に嬉しいことでした。
「旅日記」で前回到着したセントルイスは、先程お話しした、全米デモ飛行12カ所の寄港地に入っています。さっそくTatさんのYS-11で、ランバート国際空港を離陸。燃料半分でフラップ1段下げ、130Ktで浮きました。約40年前の、貧乏で自信のなかった日本をしのびながら、操縦のカンをつかみます。
最高速度は5000ftで287KIAS、10000ftでは288KIASと予想以上に俊足。旅客機としては旋回操作が容易で、6倍速でも安定して飛び、この速度のままオートパイロットで旋回しても、安定した変針が可能です。着陸は120Ktで行い、これも比較的易しいと感じました。ざっと燃費を計ると、1800nmくらいは飛べそうで、クロスカントリーが楽しみになりました。
YS-11が就航したころは、まだ戦前の名機・ダグラスDC-3が世界のあちこちで、たくさん飛んでいました。幸いFlightGearにはDC-3があるので、比較のために試乗してみることにしました。
古い尾輪式の機体だけに、地上姿勢では視界が悪いですが、空中では、なかなか快適に操縦できます。燃料搭載量を半分で試したところ、10秒も走らないうちに80Ktで離陸。上昇力は100Ktで毎分2000ft、5000ft通過時には毎分1500ftでした。現代機より少ない数値ですが、予想よりはぐんぐん上昇します。舵は軽く効いて、操縦はごく容易な印象です。(YS-11も悪くありませんが、ピッチとヨー方向では、しばしば舵を、最大舵角まで使い切ってしまい、あと2割程度の余裕が欲しいと感じました。ただしこれは、リアリティーとの兼ね合いの問題ですので、改善して下さいという意味ではありません)
FlightGearのDC-3は、プロペラピッチとミクスチャーが調整可能で、10000ftでピッチ最大とし、ミクスチャーをリーン側に半分引くと、燃費が2.46nm/galまで改善されました。調整操作は面倒ですが、また楽しくもあります。というわけで気分よく飛んだのですが、アプローチでは前が見えにくく、着地はちょっと緊張気味。うまく行ったと思った途端、グラウンドループ気味に機首を振って、グリーンに出てしまったのは残念でした。いい機体ですが、古いし遅いという総合印象です。
●YS-11でカンザスへ:
では、YS-11で旅をします。初めての機体ですので操縦しやすいように、天候はリアルウエザーを切って、190度の風4Kt、雲量は4100ftにscattered、20000ftにcirrusとしました(これは最近、私がリアルウエザーを使わない時の定番です)。この航程は約200nmしかないので、搭載燃料は半分です。
UTC1805時にエアボーン、一度タッチアンドゴーを試した後、計画通りのコースに定針。微風では離着陸時にまったく偏向せず、非常に楽でした。1816時、10000ftで250Ktを出すとスロットル開度は65%くらい。燃費は0.86nm/gal。毎分2000ftで上昇すると、15000ft通過時は全開で202Ktまで減速して、燃費は0.64nm/galを記録。1824時、20000ftに達しました。
ここでカンザスのVOR周波数をセットして、オートパイロットでCDIの針路保持を掛けます。ショートカット・キーでプロペラピッチを動かしたら、ちゃんと燃費が急激に好転したので、嬉しくなった途端、FlightGearが勝手に終了してしまいました。場所はちょうどコースの半分。原因は不明です。
エルトン・ヘンスレー・マンという空港の真上でしたので、同空港から離陸し直し、高度10000ftを巡航。以後プロペラピッチには触らずに、ひたすら平らなミズーリ州を飛び続けました。広大な農地に川がゆったりうねり、まことに平和な景色です。カンザスシティー空港の北約10nmの湖上で、オートパイロットを使ってグライドパスに乗り、間もなくローカライザにもうまく乗りました。このYS-11は、マイナス3度くらいのピッチ角で降下するので、実機の降下姿勢とよく似た印象です。ほぼ完璧な接地をしたと思ったら、機体が地面に沈んでしまいました。ギアは出ていたのに、まったく残念。原因不明ですが、マップのバグと考えています。
カンザス到着後、YS-11のライバルだったフォッカー・フレンドシップの代りに、後継機のF27も飛ばしてみましたが、この機体はピッチ方向の安定が非常に悪く、オートパイロットでILS保持を掛けると、勝手に竿立ちになって失速し、私にはとても乗れないと思いました。
●YS-11新バージョン登場、Vmc飛行に成功:
カンザスまで飛んできた時点で、TatさんがYS-11の新バージョンを発表されました。プロペラの回転方向が修正され、実機同様に右がクリティカル・エンジンとなり、やや回転数も上がって、少し低すぎた爆音が高音寄りに修正されました。またフラップや脚のアニメーションなど、外観やパネルも整備が進んでいます。どうも、ありがとうございました。
新しい機体で短時間、慣熟飛行を行います。
燃料を4分の1に減らし、180度12Ktの風の中、方位100度で離陸滑走。初めてまともに横風を受けたのですが、本機はかなり敏感に、風上に機首を振る性質が感じられます。ラダー修正ではとても足りないので、左ブレーキを連打したところ、今度は速度が上がらないジレンマに直面。何とか100Ktに達して離陸しましたが、機体を軽くしておいて、よかったです。
新バージョンでは片肺飛行が可能になりましたので、YS-11試作機が苦労したVmcフライトを試しました。この飛行は、ギアもフラップも格納した状態で行います。3000ftまで上がって、まず危険の少ない左エンジンを停止。様子を見ましたが、何も問題はなかったので再起動し、続いて少し緊張しながら、クリティカル・エンジン(右側)を止めました。
オートパイロットが、すかさず機体を2〜3度左バンクさせてバランスを取り、ピッチアップして高度を維持。私は5Kt刻みで減速し、実機が記録したのと同じ85Ktまで減速しましたが、この状態でも8〜10・5度くらいのピッチを保って、見事に安定して飛んでくれており、嬉しくなりました。マイアルバムに画像をアップしておきます。ただし、片エンジン全開では高度が維持できず、次第に2000ftまで降りたのでテストを中止。約30分の飛行後に無事着陸しました。Vmcは飽くまでも「最低コントロール速度」ですので、高度が下がるのは、まあいいんじゃないか…と思いました。では、デンヴァーへ向かいます。
●日の丸旅客機、デンヴァーへ:
燃料を7割に増やし、リアルウエザー環境で、カンザスシティー空港から離陸を試みましたが、今回も横風の影響が強く出て、ブレーキで調整すると加速しきれず、滑走路端でいったん停止。燃料を6割に減らしてリアルウエザーを切り、最初の飛行と同じ、190度4Ktの風にして再離陸しました。
125Ktでローテーション。快調な飛行ぶりですが、Tatさんがどこか調整されたのか、新バージョンは何となく、アンダーパワーな感じがします。(この方が実機に近いのだろうと思います)
オートパイロットをセットし、ミズーリ川を越えてカンザス州へ(注:カンザスシティー空港は、実はミズーリ州の西端にあります)。ひたすら広大な農地が続き、いかにもオズの魔法使いと竜巻の国。FlightGear Ver1.9.1が描き出す、なかなか表情豊かな雲に見とれながら上昇し、トップへ出て10000ftで巡航。本機はまだVORが使えないので、コンパスでコースを決めたら、後はAtlasが頼りとなります。YS-11は4倍速でマップの継ぎ目(?)を超えるときも、ピラタスPC7改などと違って、ほとんど動揺がありません。これは嬉しいことですね。エンジン全開、235Ktで飛び続けます。
1時間も経つと、少し山がちになって、そろそろコロラド州。風が弱いので、非常にラフな推測航法をしてきましたが、ほぼデンヴァー空港に的中する気配です。アプローチのリードを取るため、10度あまり変針。標高が上がったため、雲が地表を這い始め、空港も雲の中かと心配しましたが、無事に滑走路が視界に入りました。デンヴァーは標高約1600mもあり、空港も標高5000ftを超えます。そのためファイナル・アプローチに入っても、高度計が7000ftくらいを示し、妙な気分でした。またここは、全米でもっとも発着便数の多い空港で、滑走路が6本もあります。将来足りなくなれば、あと6本増設する計画だそうで、さすがに日本とはスケールが違います。
ここまでは順調だったのですが、オートパイロットがILSをつかんでくれません。6本の滑走路のうち、南北に走る4本の周波数をすべて試しましたが、ダメでした。幸い視界がいいので、そのまま目視着陸しましたが、またも機体が地中に潜ってしまい、がっかりしました。このトラブルは現在のところ、他の空港へ向かうクロスカントリーのみで発生し、ラウンド・ロビン(出発地に舞い戻る飛行)では起きない模様です。
面白くないので、カンザスとの中間点にあるMC Cook空港(KMCK)まで戻ってみたところ、正常に着陸できましたので、やはりデンヴァー空港のマップデータのバグと思われます。なおデンヴァー空港は、滑走路の両端で同じILS周波数を使っていますが、FlightGearはこの場合、オートパイロットが誤動作したり、反応しないケースが多いような気がします。
●これって、バックサイド領域ですか?:
YS-11で旅を続けます。デンヴァーからロッキー山脈を越え、アリゾナ州の州都フェニックスに向かいます。デンヴァー市街地を抜けると、すぐ山ですので気持ちが焦り、離陸後は少々強引に、ピッチアップして上昇に移行したのですが、この時に少々変わった体験をしました。
エンジン全開、ギアもフラップも納めたのに、高度も速度も、ちっとも上がりません。YS-11は広い市街地の上を、いつまでも約100Ktで低空飛行しています。今回は満タンで少々重いのですが、それにしても異常です。あれこれ点検すると、機体は約12度もピッチアップして飛んでいます。ははあ、原因はこれですね。
オートパイロットを掛けたまま下げ舵を取り、いったん機首を水平に。するとYS-11は生き返ったように加速し、エレベーターを緩めると上昇に転じました。やはり過大なピッチアップが原因だったようです。離陸直後に、十分加速せず機首を上げた時、「速度を落とすほど、必要パワーが増える」という、いわゆる飛行特性の「バックサイド領域」に踏み込んだのではないかと想像しています。
新明和PS-1飛行艇などが、このような飛行特性を持っていることは知っていましたが、フライトシム上でそれらしい体験をしたのは、今回が初めてでした。
●天測しながらフェニックスへ:
今回の一連のフライトでは、かなり飛行距離を稼ぎました。そろそろ気分は半分、西海岸に飛んでおります。その先には太平洋横断飛行が待っており、VORは沿岸でしか使えませんので、このあたりから本気で、長距離洋上航法の研究を始める必要があります。
実機なら現在はGPSやINSを使い、何の問題もないのですが、フライトシム上では最初から「正解」が約束されてしまい、航法の面白味が無くなる、と私は思っています。コンコルドのように、INS(GPS)モード以外では事実上航法が困難な超高速機や、六分儀が絶対に似合わない747などは別にしまして、私はVORのない場所で小型機を飛ばすなら、やはり推測航法に天文航法など、新しい工夫を組み合わせて、自分の技術やアイディアを試したい気持ちが強いです。というわけで、デンヴァー=フェニックス間の525nmでは、久しぶりに天測のテストをしました。海保や海自仕様のYS-11でしたら、潜望鏡式六分儀の取り付け穴が、天井にあるのではないでしょうか…。
この飛行では2回天測を行い、自作の航法ワークシートで緯度経度を計算しました。離陸後1時間目は、誤差が南へ9nm、西へ7nmで十分に合格点。しかしフェニックス付近で行った、2時間後の測位結果は、南へ43nm、東へ19nmもずれまして、時間経過が増えると急激に誤差が増す傾向は、以前のままです。フリーウェアの天測計算ツールも試しましたが、これも使い物にならず。FlightGear Ver1.9.1では、天体関係の改良は特にアナウンスされていませんので、ダメ元のつもりだったのですが、やはりがっかりしました。
天文航法はすでに昨年から、膨大な時間とエネルギーを使って試行錯誤を重ねていますので、正直これ以上は、あまり改善策を思いつきません。どういじっても、今回の世界一周の太平洋横断には、間に合わない気がしています。長距離洋上航法の熟成は、今後の宿題です。
…いささか気落ちしながら、フェニックスに到着。スムーズにYS-11を降ろしました。今度は滑走路が正常に機能し、地下に潜り込まずに済みました。次回はたぶんピラタスPC7改を使って、コロラド高原を散策します。
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