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新開発の航法でバリンジャー隕石孔へ

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なし 新開発の航法でバリンジャー隕石孔へ

msg# 1.3.1.1.1.1.1.1.1.1.1.1.1.1.1.1.1
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16
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 | 投稿日時 2009-7-29 18:20 | 最終変更
hide  長老 居住地: 兵庫県  投稿数: 650
hideです。
 「旅日記」の前回は、YS-11でアリゾナの州都・フェニックスに到着し、「日本への太平洋横断が、だんだん近づいてきたが、出来ればGPSは使いたくないし、かといって天文航法は相変わらずダメで、困った」というお話で終わりました。

 VORの届かない洋上では、推測航法がベースになります。出発地・目的地の緯度経度から針路・距離を計算し、風向・風速の補正計算をして機首方位を決め、後はコンパスと時計で現在地を推測する…これは航法の基本ですね。
 アメリカ西海岸からホノルルへ行くだけでしたら、まあ大丈夫です。ハワイ諸島は東西300nm、南北180nmにわたって拡がり、主要な島々にはVORやNDBがあるので、これらの受信エリアのどこかには、必ず引っ掛かるでしょう。しかしその先、ピラタスPC7改で日本へ帰るには、ウェーク島あたりで最低1回は給油が必要です。ウェークや南鳥島は、非常に小さな孤島で、到達までの飛行距離も極めて長いため、そこそこ正確な私の推測航法でも、島を視界内に捉えるのは相当難しく、それどころかVORの受信圏まで外してしまう恐れも、ゼロとは言えません。ですので何とか、天文航法に代わる測位手段が欲しいのです。

 そこで先日来、「FlightGearには、何か未利用の航法リソースはないか」「目的地を通る『位置の線』が、1本でいいからぜひ欲しい」と頭を振り絞りまして、とうとう新しい航法を考案しました。これはFlightGearが持つ地磁気データの、微細な分布変化を徹底的に活用するもので、孤島でも誤差1nm未満の高精度で、ヒットする目処が立ちました。
 今回は、この新技術の実証試験を行いながら、コロラド高原の有名なクレーター、バリンジャー隕石孔を探検し、グランドキャニオンを飛んで、ラスベガスまで旅を続けます。

●ヒントは、17世紀の航海術:
 私がまず目を付けたのは、磁気偏差です。以前買った航海術の歴史書によると、17世紀に大西洋を行き来した航海者は、まだクロノメーター(精密な航海時計)を持たなかったため、天測では正確な経度が得られませんでした。そこで経度の推定に使えそうな、あらゆる天文現象や気象海象を、それこそ血まなこで調べ、メキシコ湾流の海水温度分布まで計ったそうですが、この中で比較的うまく役立ったのが、磁気偏差の分布だそうです。

 ご存じの通り、磁気コンパスは真北を指しません。この、磁針が真北からずれる角度を「偏差」(真方位と磁気方位の差)と呼び、場所によって違うわけですが、大西洋横断の場合は、例えばロンドンでは、コンパスが真北から約3度西を指します(これを偏西3度と言います)。洋上を進むにつれて偏差は増え、アメリカ東岸のノヴァ・スコシア半島付近では、偏西約20度です。ついでながら、アメリカ西海岸は偏東約20度ですので、北米横断飛行をすると、磁気コンパスの示度は東西両岸で、約40度も変化することになります。

 偏差の分布は、天気図の等圧線のような「等偏差線」として地図化され、経年変化があるので、時々新しいバージョンが出ます。全世界の分布図を見ると、等偏差線には天気図の高気圧や低気圧のような、不規則な場所があちこちにありますが、北大西洋などでは、等間隔に近い分布を示します。また偏差は、太陽高度の測定と、磁気コンパスによる太陽方位の観測だけで、比較的簡単に求められるので、17世紀の計測技術でも、大まかながら経度を推定する参考になったわけです。

 私は、真方位と磁気方位を簡単に換算するため、すでにピラタスPC7改のパネルに、偏差の整数部をデジタル表示しています。この表示精度を上げれば、単にコンパスを較正するだけでなく、積極的に航法に使えそうだと思いました。

●俯角に注目する:
 さっそく、2005年版の世界偏差マップを調べてみました。残念なことにハワイ諸島は、偏差の分布が相当不規則な場所で、南北約1800nmにわたって等偏差線が空白になっていました。この海域は広範囲に偏西約10度を保っており、目立った変化がないのですね。なんと運が悪いことかと、がっかりしました。
 念のため、精密に計ることにしまして、ホノルル国際空港でUFOを起動。Internal Properties に表示された偏差(/environment/magnetic-variation-deg)を読み取り、さらに南北に100nmほど離れた洋上の、2点の計測値と比較してみますと、有意な連続変化がみられました。ただし変化量は小さいので、航法には不便です。

 ここで幸い、もう一つ大きな発見がありました。Internal Properties/environment/の中には、magnetic-dip-degという項目も見つかったのです。ははあ…これは地磁気の俯角だな、FlightGearにもちゃんとあるのだな、と思いました。
 俯角とは磁力線が、場所により上下に傾く角度のことです。地球の磁力線は南北両磁極から真上に伸び、赤道に向けて次第に傾斜して繋がっていますから、水平に回転軸を付けた磁針(俯角計)を作ると、赤道付近では針が水平になり、磁南極や磁北極では、ほぼ垂直に立つはずです。ちなみに東京の俯角は、2005年現在で50度弱です。これでは磁針がおじぎをして、方位盤に当たって困るので、国内出荷用の方位磁石は、針のS極側を重くして、バランスを取っているそうです。
 俯角の大きさは、緯度に比例はしませんが、かなり規則的に緯度と相関します。変化量は0〜90度の範囲ですから、世界地図に「等俯角線」を描くと、等偏差線の分布より、ずっと高密度になります。等俯角線の世界分布図を入手したところ、偏差ほど分布に乱れがなく、おまけに低緯度では、ほぼ赤道と並行に東西に伸びていることが分かりました。これは偏差より、ずっと航法に役立ちそうです。

●磁気偏差計と、磁気俯角計を装備する:
 さっそく、これらを測定する計器を作ることにして、ピラタスPC7改のHSIに、偏差と俯角を小数点以下2桁まで、デジタル表示する機能を加えました。magnetic-dip-deg のデータは小数点以下8桁ありますが、あまり増やしても読みにくくなりますし、リアリティーが損なわれると思いました。
 実世界では近年、各種の電子コンパスがあり、磁気方位と俯角が簡単、かつ精密に測れます。しかしこれは恐らく測量用三脚の上に、正確に水平に置いて使うのでしょう。傾斜する機上で、偏差・俯角を0.01度単位で表示するには、電子コンパスの測定値を、何らかの手段で精密に較正する必要がありそうです。
 原理的には、ジャイロから信号を取ればいいのですが、軽飛行機クラスの水平儀や、定針儀の精度で可能かどうかは不明で、実世界でこの種の機上測定器を作ると、大変高価になる恐れもあります。FlightGearでは、Internal Properties を読み取るだけで済むのは、ありがたい話ですね。

 HSIにはこのほか、GS(対地速度)と真方位の針路表示を追加し、これまで気速計に設けていたGS表示は廃止して、本来のマッハ計に復元。またN1回転計の上に、スロットル開度のデジタル表示盤を追加しました。ターボプロップの出力管理は本来、回転計で行うべきでしょうが、私はスロットル開度で記録を取るのに慣れており、リアリティーの点でやや問題ありですが、こんな計器が欲しかったので作ってみました。

●等俯角線を、「位置の線」として使う:
 さて磁気データを使って、どう航法を組み立てるか、お話しします。
等偏差線は粗く、かなり分布が乱れていますが、全地球では、多くの地域で南北寄りに走っています。また等俯角線は密で、比較的安定して東西方向に伸びています。両者を半透明なレイヤーにして重ねると、一種の座標軸のように見えます。
 となると、機上で得た偏差・俯角を、現実の精密な計測データと比較しますと、現在地の緯度経度が出るはずです。しかし、FlightGearが何年度のデータを使っているか、またどの程度リアルに、磁気分布を再現しているかが大問題です。この手法では天文航法と同様、「考え方は正しいはずだが、誤差が大きい!!」と、悩む可能性が大です。事実、私が使用中のオンライン・空港データベースの偏差と、FlightGearが示す偏差には、場所により大小のずれがあります。

 この問題を回避するため、私は等俯角線を、単純に「位置の線」として使うことにしました。無数にある等俯角線のうち、目標空港を通過する1本を選んで、洋上でキャッチし、後はこれに沿って飛び続ければ、正確にゴールできるはずです。つまり等偏差線を、長さ数十nm(或いはもっと…数百nmも)ある、天然の誘導ビームとして使うのです。具体的な手順は以下の通りです。

(1)事前に目標空港で機体を起動し、俯角を計る。
   この測定結果を、仮にA度とする。
(2)俯角の世界分布地図を使い、目標の空港上では
   等俯角線が、何度の方向に走っているかを計る。
   この結果をB度とする。
(3)出発空港から、推測航法で目標に向かう。この
   とき、航法誤差を見込んで針路を故意に外す。
   例えば目標の、100nmくらい東をめざす。
(4)するとある時点で必ず、俯角計がA度を指す。
   つまりA度の等俯角線をインターセプト(待ち
   受けて捕捉)したことになる。
(5)ここから針路B度で飛べば、目標空港に着く。

…という仕組みです。VORの方位ラジアルをインターセプトして、空港へアプローチするのと、感覚的には同じです。

●コロラド高原で、この航法を試す:
 さっそくPC7改を飛ばして、概念実証試験をします。取りあえず、通常の表記によるフライトプランをお目に掛けます。実際は以下のコース通りではなく、さきほど書いたように、針路をわざと目的地から外して飛び、等俯角線をインターセプトします。文中のVarは空港で事前に計った偏差。Dipは俯角です。

◎フェニックス・スカイハーバー国際空港(KPHX)
VOR 115.60 332626N-1120034W
   ▼34度114nm
◎ウインスロー・リンドバーグ空港(KINW)Var10.97 Dip61.40
350111N-1104335W 305度4.4nmにVORTAC 112.60 350342N-1104742W
バリンジャー隕石孔は、空港VORから11.2nm 264度。等俯角線傾斜16度
   ▼309度89nm
◎グランドキャニオン・ナショナルパーク空港(KGCN)Var11.60 Dip61.94
355712N-1120844W VOR113.10
   ▼273度146nm
◎ラスベガス空港(KLAS)360435N-1150843W VOR116.90

 最初の目的地は、バリンジャー隕石孔の近くにある、ウインスロー・リンドバーグ空港です。事前測定では、この空港の偏差は偏西10.97度、俯角は61.40度でした。また分布図を調べると、この地点の等俯角線の傾斜は、赤道を基準にして16度でした。つまり286度←→106度方向に走っているわけです。
 私はインターセプトのための針路を、等俯角線の傾斜角と同じ、真方位16度としました。こうすると、目的の等俯角線に、直角に接近することになりますので、出発地空港のDMEを使えば、等俯角線の間隔を測定することができます。またこの針路で飛ぶと、ウインスロー・リンドバーグ空港の35nm西で、61.40度の等俯角線を捕捉するはずです。

●真っ正面の、ど真ん中に命中:
 風向風速は例によって、190度の風4Ktの微風としました。PC7改に1500Lbsの燃料を積み、1930時(ローカル1230時)にエンジン始動。VORをラジアル5度(磁気方位。偏差が偏西約11度のため、真方位の16度から11度を引く)にセットして離陸。空港VOR上空で、このコースに機首を向けました。
 オートパイロットでCDI針路保持を使い、ラジアル5度に乗ります。高度5000ft、指示対気速度250Ktで、禿げ山風の高原台地を飛び続け、北へ。やがて地形はゴツゴツした山地に変化し、高度を10000ftに変更。途中で7回、空港からの距離と偏差・俯角を測定しました。主な測定結果を以下にご紹介します。

距離50nm:俯角60.49度、偏差11.16度。
距離100nm:俯角61.27度、偏差11.20度。
 以上の結果から、
等俯角線1度の間隔は64.1nm。最小表示単位の0.01度では0.64nm。
等偏差線1度の間隔は125nm。最小表示単位の0.01度では1.25nm。

…となり、俯角を使うとわずか0.7nm程度の誤差で、目的地に着ける計算です。これは偏差を使った場合と比べ、2倍の測位精度です。ハワイ諸島では、この精度差はさらにずっと大きくなります。

 やがて計画通り、磁気俯角計の示度が61.40度に近づきました。0.05度手前から右旋回を始め、ぴったり61.40度でロールアウトして、機首を真方位106度に向けます。また対地速度から、目的地への到着時刻を2009時と算出しました。この7分間の長かったこと。自分の航法が正確かどうか、ハラハラします。
 あと2分…まだ何も見えないな、もしかしてダメかな、ダメだと困るな…と思った途端、真っ正面のど真ん中に、空港が見えました。Atlasで確認しますと誤差は、ほぼ理論通り0.7nmでした。上空到着時刻も秒単位のずれでした。もう最高の気分です(^^)/。
 この方法を今後、「磁気俯角・偏差航法」と呼ばせて頂きます。

●「磁気俯角・偏差航法」の、長所と短所:
 同じ方法で、さらにグランドキャニオン・ナショナルパーク空港まで飛びました。今度は主滑走路の中心点付近を通過して、ほぼ誤差ゼロでした。またミッドウェーとグァムでも、洋上へ100nm前後の進出テストをして、うまく等偏差線に乗れることを確認しました。場所により05年の現実の俯角とは、小数点以下の違いがありますが、総じて分布パターンの形は、かなり正しく再現しているようです。もう少しテストが必要ですが、これでどうやら長距離洋上航法に向けて、大きく道が開けました。
 この航法の長所と短所を、以下にまとめておきます。

○長所○
・現在のところ、目標空港の真上に、必ず到達できる精度を持つ。
・原理的に、誤差が極めて少ない。
・コースをトラッキングしやすい。計器を見るだけで、左右へ
 外れてもすぐ分かり、精密な針路修正が可能。
 (鉄道線路などの目標物は、一度見失ったらおしまいですが、
 俯角は連続変化する量なので、機体が左右どっちへどの程度
 外れたか常に把握できて、非常に便利です)
・天測と違って、複雑な計測や計算を、一切必要としない。
・等俯角線がまばらになる極地では、逆に等偏差線の密度が
 増すので、ほぼ地球全域で使える可能性がある。
○短所○
・事前に目標空港で、必ず磁気データを取得する必要がある。
・「位置の線」としては優秀だが、現在地の緯度経度を求める
 ことは困難。
・目標空港には、特定の方位から接近しなくてはならない。

●FlightGearにもあった、巨大隕石孔:
 ここでお話を少し戻して、ウインスロー・リンドバーグ空港から、バリンジャー隕石孔を探しに行った際の、ご報告をしておきましょう。

 このクレーターは約5万年前、まだコロラド高原にマンモスがいたころ、鉄を主成分とする直径約50mの隕石が、時速約4万キロで激突して出来たそうです。衝撃でマグニチュード5.5の地震と、巨大な火の玉が発生して、約10キロ圏内を焼き尽くし、さらに衝撃波が、20キロ前後の圏内を荒野に変えたとされます。地質学者ダニエル・モロー・バリンジャーが1902年から研究し、これが隕石由来の大型クレーターであることが、史上初めて地質学的に確認され、有名になりました。
 クレーターは砂漠のような平地にあり、直径は約1.2キロ、深さ170m。平原からの外輪山の高さ30m。この規模ならFlightGear上にも、再現されているだろうと期待しました。出来れば底に着陸したいので、ヘリコプターを使います。
 私はもともと、ヘリの操縦が苦手です。また現状ではジョイスティックがないので、無理だと思ったのですが、TatさんのKawasaki OH-1 Ninjaには安定増強装置が付いていて、少し試したところ、エルロン・ラダーのコーディネーションを使っても、何とか飛べそうでした。クレーターの位置は緯度経度を基に、ウインスロー・リンドバーグ空港VORから約11nm西と計算して離陸。Atlasを頼りに進みます。

●メーヴェに乗った気分で、荒野をゆく:
 …緯度経度からみて、この辺なのだが、と探すこと数分。ふと視界を左へ振ったところ、ごく至近に大きなクレーターが見えていて、驚きました。直径は確かに1キロ程度ですし、深さは(HUDの高度計と電波高度計を見比べると)約500ftありました。間違いありません、これです。
 でっかくて、ゴツゴツしたボウルのような感じで、どことなく不気味です。底の中央には、驚くべきことに村落(の四角いテクスチャー)があり、自動生成された3Dの教会堂と、ホテルのような建物が見えました。現実には、ここには村なんかありませんので、一種のバグと思われます。さて着陸を試みましたが、やはり私はヘタクソで、斜面に接触してクラッシュしてしまい残念でした。いずれもっと、ヘリの腕を磨くことにします。空港から超軽量機のドラゴンフライで、再びクレーターへ。

 超低空で観察すると、クレーターの底には結構デコボコがありまして、いくら失速速度20Ktのドラゴンフライでも、着陸は危険と判断。あれこれ撮影をした後、徐々に高度を稼いで外輪山を超えました。ようやく高原の上に戻ると、周囲に空がたっぷり広がって、ほっと一息。さらに高度を上げて、空港へ機首を向けました。
 地平線まで続く平らな荒野には、大小の白い雲が、地面に裾を引きながら流れています。そんな広大な景色の中を、メーヴェさながらの超軽量機で、そっと飛んでいくと、頭の中には「風の谷のナウシカ」のテーマ曲が、フルオーケストラで鳴り始めまして、なかなか味わい深いフライトでした。

 この後ピラタスPC7改で、グランドキャニオンの西半分を駆け抜けて、ラスベガスに無事到着。次回はさらに西へ向かいます。(大長文で、大変失礼しました)
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