グリッド航法を使って、極北の島・スピッツベルゲンへ
グリッド航法を使って、極北の島・スピッツベルゲンへ
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投稿数: 650
hideです。あっという間に、1カ月余りのご無沙汰となり、申し訳ありません。
私事ながら、10月にまた仕事の担当が変わりました。ますます激務になって正直、頭を抱えております。しかし、ここに書かせて頂くことは、私のささやかな活力源でもあり、今後とも何とか、月1回は続けたいと思っております。
さて北極圏「オーロラ・フライト2010」の4回目です。前回は、1950〜60年代の北極空路で盛んに使われた「グリッド航法」の仕組みを研究し、仮想の方位「グリッドノース」を指す専用コンパスを開発して、実用化へのめどを立てました。今回はこのグリッド航法を実際に使って、さきごろ到着したノルウェー北部のアルタ空港から、北極海に浮かぶスバールバル諸島・スピッツベルゲン島まで、ピラタスPC7改でクロスカントリー飛行を試みます。
スピッツベルゲンは、スカンジナビア半島の北方はるか、北緯80度付近に浮かぶ島。アンデルセンの童話では「雪の女王」の宮殿があるとされ、島内のニーオーレスンは、人が定住する町としては世界最北だそうです。このオーロラに彩られた酷寒の島は、古くは19世紀の気球の時代から、北極探検飛行の基地となって、数々の旅行記や探検家の伝記に登場し、栄光と悲劇の舞台となりました。
私は10年ほど前、マイクロソフト・フライトシミュレーター2000を使って、ゲイツ・リアジェットで北極経由の羽田=アラスカ=北欧飛行をした際に、高度37000ftからこの島を遠望し、またFlightGearのUFOでは数年前に、日本から北極を越えてたどり着いたことがありますが、普通の航空機で着陸を目指すのは、今回が初となります。
風変わりな航法を使うことでもあり、内容的には前回と少々重なりますが、計画段階の計算から実際のフライトまで、ナビゲーションの全手順を逐一ご紹介しますので、お付き合い下さいましたら幸いです。
●針路と距離を求める:
ます、出発地と目的地の空港を確認します。
◎出発地 ノルウェー北部の港町・アルタ
▼
◎目的地 スピッツベルゲン島の中心地・ロングイェールビェン
出発地と目的地にある空港の名称と、ICAOコードを調べます。私はたいてい、Atlas画面をスクロールして空港を探します。アルタ空港のICAOコードは「ENAT」で、ロングイェールビェンには、ロングイヤー空港というのがありまして、コードは「ENSB」だと分かりました。
次に両空港のICAOコードを「Great Circle Mapper」(大圏コース作図サービス)というサイトの入力欄に、ハイフンでつないで半角で打ち込みます。「ENAT-ENSB」という具合です。画面には、距離の表示単位の選択メニューがありますので、忘れずに「nm」(ノーティカル・マイル=航空機で常用する「海里」)を選択しておきます。サイトのアドレスは、前回もご紹介しましたが、以下の通りです。
http://gc.kls2.com/
入力を終えて「Display Map」ボタンをクリックすると、コースの地図と、以下のような針路・距離の計算結果が真方位で示されます。
From To Initial Heading Distance
ENAT (69°58'34"N 23°22'18"E) ENSB (78°14'46"N 15°27'56"E) 349°(N) 514 nm
実画面では、ICAOコードをクリックすると、空港の滑走路長なども出ます。
この表示に「イニシャル・ヘディング」とあるのは、出発時の針路のことです。大圏コースはご存じのように、特に高緯度地域では、スタートからゴールまでコンパス針路が刻々と変わり、メルカトル図法の地図上では少し弓なりに湾曲して描かれます。北半球では、機首方位は出発時にやや北寄りで、中間点で赤道と平行になり、ゴール時は反対に南寄りになる、あの形ですが…このイニシャル・ヘディングというのは、メルカトル図法で言いますと、出発地点における飛行コースの接線の方位に当たります。厳密には、出発の瞬間にしか正しくない方位ですので、通常の航法では、この数値自体を使って飛ぶことはありません(大圏コースの任意の一点における、機首方位を算出する材料にはなります)。しかし北極を中心としたグリッド航法の地図上では、大圏コースは常に直線で、しかも常に「上が北」(グリッドノース)ですので、出発からゴールまで、常にグリッドノース専用コンパス上で、一定の針路を維持して飛ぶことになります。
この「一定の針路」は、イニシャル・ヘディングにコンバージェンス(通常方位とグリッド方位の差)を足し引きすることで計算できます。コンバージェンスは、機体の現在地によって刻々と変わるため、ウイングレベラーを使って、一定針路を維持して飛んでいるつもりでも、コンパスは徐々に目標方位からずれてきて、何分かに1回は修正が必要です。このずれこそが、メルカトル図法でお馴染みの、大圏コースの湾曲に当たるわけです。
コースの針路と距離は、航法用フリーウェア「virtual E6-B」に、出発地と目的地の緯度経度を入力して、自分で算出することも出来ます。緯度経度は、先ほどのGreat Circle Mapperの画面表示にありますし、それぞれの空港をAtlas画面で探して拡大表示し、画面中央の飛行機カーソルを主滑走路の中心に当てれば簡単に測定できます。(もしVOR航法を併用する場合は、滑走路中央ではなく、空港VORの中心点で計っておくと、自分の航法とVOR測定結果が一致しやすくなります)
前回も少し触れましたが、以下にvirtual E6-Bの操作法を一部ご紹介します。初期画面(メニュー)から「Lat/Long」(緯度/経度)を選び、出発地と目的地の緯度経度を入力し、「Compute!」ボタンをクリックすると、大圏コース(最短距離だが、多くの地図上ではカーブ)と、ラームライン(航程線=一定の針路を維持するコース)の双方で答が出ます。実際にアルタ空港とロングイヤー空港の緯度経度を使って計算すると、次のような数字になります。
Great Circle(大圏コース) 距離511.80nm 真方位349.11度
Rhumb line(ラームライン) 距離512.17nm 真方位345.65度
北緯80度近い北極圏ですので、さすがに大圏コース(の出発針路)とラームラインでは、方位が約3.5度違いますが、飛行距離はたったの0.37nm(685m)しか差が出ません。これは、ほぼ北へ向かうコースだからで、もし東西方向へのフライトでしたら、もっと大きな差が出ることでしょう。
グリッド航法は単に、極地で使いやすく工夫した地図とコンパスを提供する手段であって、GPSのように、機位(機体の現在の位置)や目的地を、ダイレクトに示してくれるわけではありません。飛行そのものは、あくまでも飛行方位と速度/経過時間に基づく、ベーシックな推測航法を土台にして行います。従って必ず誤差が出ますので、目的地へゴールする補助手段として、航法援助無線も調べておくことにします。FlightGearのロングイヤー空港にはVORがありませんが、NDBとILSがあるので、周波数などを調べます。ILSを使うには滑走路方位が必要ですが、これは磁気方位表示ですので、真方位を知っておきたい場合は、その土地の磁気偏差を足し引きします。残念ながら偏差は、Great Circle Mapperにはないので、フライトシミュレーター向けの空港情報サイトなどで調べます。私が常用しているサイトのアドレスは、下記の通りです。
http://www.fscharts.com/
ロングイヤー空港の偏差は、このサイトには「Mag dev -0.8 Degrees」と出ています。「Mag」はもちろん「磁気」の略で、「dev」は「deviation」の略です。このdeviationは、航空用語では磁気コンパスの誤差の一種「自差」(機体および計器の個体差)ですが、地理用語では、まれに偏差(普通はvariation)の意味で使うこともあり、非常に紛らわしいです。数値のマイナスは「磁北極が真北より西にある=偏西」という意味で、プラスなら同様に「偏東」です。幸いご当地ではコンマ以下なので、飛行中は忘れてしまっても、あまり心配はなさそうです。以上のデータを書き添えて、次のようなフライトプラン(正しくは、ナビゲーション・ログ=航法計画書)が出来ました。
●簡単な、航法計画の表を作る:
緯度経度は、先ほどのサイトからのコピペです。
◎アルタ空港(ENAT)(69°58'34"N 23°22'18"E) VOR117.40
▼349.11度(■ 度)512.17nm
◎ロングイヤー空港(ENSB)(78°14'46"N 15°27'56"E) 偏差=偏西0.8度
NDB=LON 350 ADVENT 326
RWY-10(104度)ILS=110.30
RWY-28(284度)ILS=109.50
コースの349.11度は、通常の緯度経度座標の真方位ですから、コンバージェンス(真方位とグリッド方位の差)を使って、飛行中に専用コンパスで参照するグリッド方位(表では、■マークの空欄部分)に換算する必要があります。計算式は、
・自機が東経にいる場合は、
グリッド方位=真方位-コンバージェンス
・自機が西経にいる場合は、
グリッド方位=真方位+コンバージェンス
です。答が360度表示になるよう、もし計算結果がマイナスになったら、360度を足してください。コンバージェンスの値は、大まかには自機の(通常の座標系における)経度と同じですが、かなり誤差が出ますので、私は前回お話ししましたように、GPSを使って計算してパネルにデジタル表示する「GPS-Grivation計」を作りました。皆さんがこの航法を試される場合は、GPSのRoute ManagerのWaypoint欄に「180,0」(東経180度、北緯0度)と入力してアクティベートしますと、GPSがグリッドノースを指します。
この状態でinternal propertiesから instrumentation/gps/wp/wp[1]/bearing-true-degを読み取ると、それがコンバージェンスの数値です。アルタ空港でピラタスPC7改を起動し、GPSにグリッドノースをセットしてコンバージェンスを見ると24.7度ですので、今回の飛行コースのグリッド方位は
349.1度-24.7度=324.4度
となります。この換算値を先ほどの航法計画表に書き入れますが、通常の真方位と混同すると大変ですので、私は数値のアタマに■印を付けることにしました。
●風を読みながら、北へ:
グリッド航法は、先ほども触れましたように、本質的には推測航法の一種ですので、実際のフライトでは、さらに風の影響を加味して、針路と到着予定時刻を補正します。予定時刻のほうは、シミュレーションの場合、いつ着いても構いませんので…針路だけ補正してもOKです。この計算にも、先ほどのvirtual E6-Bが大活躍します。ではフライトに移りましょう。すでに秋分を過ぎてしまったので、北極圏は正午でも太陽が非常に低く、陽の出ている時間が、どんどん短くなりつつあります。
アルタ空港で、離陸準備に掛かります。飛行距離が500nmちょっとありますので、燃費のよい30000ftまで上がる予定です。燃料はピラタスPC7改のデフォルト状態(機内タンクのみ1500Lbs搭載)とし、GPSにグリッドノースの自作フィクス「GRIDN」をセットして、グリッド方位コンパスとGPS-Grivation計が、所定の値を示すことを確認。雲量は2500ftでfew、3500でscatterdのみ。視界は25キロです。
エンジンを始動し、UTCの1025時(ローカル1225時)に離陸。空港VORの周波数をNAV1受信機に入力し、VOR2指示器で方位と距離を確認しつつ、いったん南へ向かって高度30000ftまで上昇し反転。1038時、アルタ空港の真上まで戻り、200KIAS(320KTAS)で航法を開始します。
ここでメニューバーから風向風速を調べると、310度15Ktでした。風の影響を知るため、virtual E6-Bの初期画面から「Winds」を選択し、以下のように入力します。
Wind Direction(真方位の風向)=310(度)
Wind Speed=15(Kt)
True Course=コース針路349(度)(注:ここはグリッド方位ではなく、通常の真方位!)
True Airspeed=現在の真大気速度320KTAS
…ここで「Compute!」をクリックすると、以下のように答えが出ます。
Ground Speed 308.2kt
True Heading 347.3(度)
WCA(ウインド・コレクション・アングル=風力修正角)=1.7(度)Left
これらの数値をもとに、
グリッド方位コンパス針路=324.4-1.7=322.7度
予定飛行時間=512.17nm÷308.2Kt=1.66時間
予定到着時刻=1218時(UTC=協定世界時)
と計算できます。
もし風向風速が固定ならば、このままで相当正確にゴールできます。しかしリアルウエザーを使うと当然、風向風速が不定期に変化します。GPSやVOR航法ですと、計器が勝手に風力を補正してくれるので、風が変わろうが止もうが、あまり関係はなく。パイロットはVOR指示器の機首方位を見て、結果的に偏流角(風に流される角度)および修正角を知るだけですが、グリッド航法を含む推測航法の場合は、どうしても風が変わるたびに、針路補正計算をやり直す必要があります。
問題はこの風の変化を、飛行中どうやって知るかですね。電波航法に一切依存しない方法としては、世界一周の折に、アメリカ西海岸沖でリポートさせて頂きましたように、ウインドスター測風法という手が、あるにはあります。巡航中、三角形に変針して各レグで偏流角を計り、作図または、簡易作図具である本物のE6-B計算盤を使って、風向風速を出す方法です。が実際に20分置きにやってみますと、死ぬほど面倒ですので、フライトシミュレーターの長距離航法に、これを常用される方は、世界中探してもいないでしょう(^^;)。
また、私はAtlas画面の航跡から正確に偏流角を実測しますが、実機ですと肉眼または偏流計ごしに、地形や海面の波の流れ方を視認して測定するので、実際はピラタスPC7改で飛ぶような高々度からは、もやが邪魔をして、偏流を測れないことも多いはずです。その意味で、偏流測定による風力計算は、基本的にはレシプロエンジン時代の技術だろうなぁと感じています。
そうした、あれこれの理由から最近は、いささか簡略ですが、何らかの手段で気象情報を得たとの想定で、時々メニューバーを開いて、風向風速のデータを読んでしまうことにしました。はっきり変化があれば、そのつど修正計算をします。コンパスや速度計の動揺に目を配っていると、風が変わった気配がしますので、再計算するタイミングの目安になります。また複雑な地形の上空では、風が頻繁に変化することが多いので、チェックの頻度を上げるべきです…これがまた結構、煩雑なのですけれども(^^;)。
●ついに、極北の島へ:
1058時。満月に近い月が正面に見え、わが孤独な空の旅を彩ります。まだ受信可能なVORによれば、私はアルタから107nmの海上におり、風が260度11Ktに変わっていることを発見。前回と同様に計算すると、GS(対地速度)は319.6Kt、TH(真方位)が347.0度、WCA2.0度…とのデータが得られました。自作グリヴェーション計で読んだCV(コンバージェンス角。現在地により刻々変わる)は23.7度でしたので、これからGH(グリッド機首方位)を求めると、323.4度。わずかに変針。あと1.267時間、1213時ごろ到着予定です。
1116時、機体が不意にドカンと揺れて、針路が0.3度ほど狂いました。風が310度20Ktに振れており、もっと低い中高度域では、実に45Ktを記録しています。やはり極地の天気ですねぇ。風はさらに314度17Kt、18Ktと細かく変化。310度20Ktで安定したため、さっそく再計算。GS304.2Kt、TH346.7、WCA2.3LEFT…の値を得た結果、取るべき針路は真方位346.8-CV22.4=GH324.4度、という解になりまして、また変針。以後この調子で、倍速モード飛行の合間に、さらに2回の再計算を行いました。コンバージェンスの変化とともに、コースも段々ずれてくるので、この修正もあり、500nmの長旅は、結構あわただしい展開です。
忙しく過ごす間に、いつのまにか月が、機首の左から右へ通り過ぎたことに気付いて、ふと「月距法」という、古い天文航法技術を思い出しました。極地の空で「位置の線」を得る、新たな手段の一つになるかもしれませんが、私の天文や数学の知識では、とても計算式を組み立てられないのは残念です。
1208時。もやを通して、ついに眼下に陸地を視認。ちょうどスピッツベルゲンの、南岸に到着するところでした。ADFをロングイヤー空港にセットすると、正面付近に反応があり、左にずれていきます。
1220時32秒。最新の計算による到着予定時刻から2分半遅れて、空港NDBを左アビーム(真横)に捉えました。しかしAtlas画面測定では、コースは右に20nmも外れています。主観的には、かなり手際よく針路修正を重ねて、うまく飛べたと思ったのですが、飛行距離に対する左右誤差は3.9%とかなり大きく、しかも原因がはっきりせず残念でした。しかしまぁ、グリッド航法で初めて海を渡って、島を発見することには成功したわけですね。空港の東にある、進入用NDBに周波数を切り替えて、降下。
雲を破ると、大きなフィヨルドが目に飛び込んできました。アルタに似た景色ですが、ずっと雪の分量が増えまして、「雪よ、岩よ」という例の、雪山賛歌の歌詞みたいな光景です。きりりとストイックで、なかなか美しい。私は空港北方のフィヨルド上空で進路を変え、小さい山脈を一つ越えて、滑走路へ東から最終進入し、滑らかに着陸しました。1234時、エプロンに入ってエンジンを停止。燃料残は292.8Lbs。搭載量の5分の1くらいですが、飛行時間にすると30分ちょっとしかなく、新航法の本番テストにしては、ゆとりが少なすぎたかと反省しました。
ここで島内のショート・フライトを交えて、スピッツベルゲンにまつわるお話を…と思ったのですが、グリッド航法実証試験のご紹介が長くなったこともあり、次回に譲ります。
私事ながら、10月にまた仕事の担当が変わりました。ますます激務になって正直、頭を抱えております。しかし、ここに書かせて頂くことは、私のささやかな活力源でもあり、今後とも何とか、月1回は続けたいと思っております。
さて北極圏「オーロラ・フライト2010」の4回目です。前回は、1950〜60年代の北極空路で盛んに使われた「グリッド航法」の仕組みを研究し、仮想の方位「グリッドノース」を指す専用コンパスを開発して、実用化へのめどを立てました。今回はこのグリッド航法を実際に使って、さきごろ到着したノルウェー北部のアルタ空港から、北極海に浮かぶスバールバル諸島・スピッツベルゲン島まで、ピラタスPC7改でクロスカントリー飛行を試みます。
スピッツベルゲンは、スカンジナビア半島の北方はるか、北緯80度付近に浮かぶ島。アンデルセンの童話では「雪の女王」の宮殿があるとされ、島内のニーオーレスンは、人が定住する町としては世界最北だそうです。このオーロラに彩られた酷寒の島は、古くは19世紀の気球の時代から、北極探検飛行の基地となって、数々の旅行記や探検家の伝記に登場し、栄光と悲劇の舞台となりました。
私は10年ほど前、マイクロソフト・フライトシミュレーター2000を使って、ゲイツ・リアジェットで北極経由の羽田=アラスカ=北欧飛行をした際に、高度37000ftからこの島を遠望し、またFlightGearのUFOでは数年前に、日本から北極を越えてたどり着いたことがありますが、普通の航空機で着陸を目指すのは、今回が初となります。
風変わりな航法を使うことでもあり、内容的には前回と少々重なりますが、計画段階の計算から実際のフライトまで、ナビゲーションの全手順を逐一ご紹介しますので、お付き合い下さいましたら幸いです。
●針路と距離を求める:
ます、出発地と目的地の空港を確認します。
◎出発地 ノルウェー北部の港町・アルタ
▼
◎目的地 スピッツベルゲン島の中心地・ロングイェールビェン
出発地と目的地にある空港の名称と、ICAOコードを調べます。私はたいてい、Atlas画面をスクロールして空港を探します。アルタ空港のICAOコードは「ENAT」で、ロングイェールビェンには、ロングイヤー空港というのがありまして、コードは「ENSB」だと分かりました。
次に両空港のICAOコードを「Great Circle Mapper」(大圏コース作図サービス)というサイトの入力欄に、ハイフンでつないで半角で打ち込みます。「ENAT-ENSB」という具合です。画面には、距離の表示単位の選択メニューがありますので、忘れずに「nm」(ノーティカル・マイル=航空機で常用する「海里」)を選択しておきます。サイトのアドレスは、前回もご紹介しましたが、以下の通りです。
http://gc.kls2.com/
入力を終えて「Display Map」ボタンをクリックすると、コースの地図と、以下のような針路・距離の計算結果が真方位で示されます。
From To Initial Heading Distance
ENAT (69°58'34"N 23°22'18"E) ENSB (78°14'46"N 15°27'56"E) 349°(N) 514 nm
実画面では、ICAOコードをクリックすると、空港の滑走路長なども出ます。
この表示に「イニシャル・ヘディング」とあるのは、出発時の針路のことです。大圏コースはご存じのように、特に高緯度地域では、スタートからゴールまでコンパス針路が刻々と変わり、メルカトル図法の地図上では少し弓なりに湾曲して描かれます。北半球では、機首方位は出発時にやや北寄りで、中間点で赤道と平行になり、ゴール時は反対に南寄りになる、あの形ですが…このイニシャル・ヘディングというのは、メルカトル図法で言いますと、出発地点における飛行コースの接線の方位に当たります。厳密には、出発の瞬間にしか正しくない方位ですので、通常の航法では、この数値自体を使って飛ぶことはありません(大圏コースの任意の一点における、機首方位を算出する材料にはなります)。しかし北極を中心としたグリッド航法の地図上では、大圏コースは常に直線で、しかも常に「上が北」(グリッドノース)ですので、出発からゴールまで、常にグリッドノース専用コンパス上で、一定の針路を維持して飛ぶことになります。
この「一定の針路」は、イニシャル・ヘディングにコンバージェンス(通常方位とグリッド方位の差)を足し引きすることで計算できます。コンバージェンスは、機体の現在地によって刻々と変わるため、ウイングレベラーを使って、一定針路を維持して飛んでいるつもりでも、コンパスは徐々に目標方位からずれてきて、何分かに1回は修正が必要です。このずれこそが、メルカトル図法でお馴染みの、大圏コースの湾曲に当たるわけです。
コースの針路と距離は、航法用フリーウェア「virtual E6-B」に、出発地と目的地の緯度経度を入力して、自分で算出することも出来ます。緯度経度は、先ほどのGreat Circle Mapperの画面表示にありますし、それぞれの空港をAtlas画面で探して拡大表示し、画面中央の飛行機カーソルを主滑走路の中心に当てれば簡単に測定できます。(もしVOR航法を併用する場合は、滑走路中央ではなく、空港VORの中心点で計っておくと、自分の航法とVOR測定結果が一致しやすくなります)
前回も少し触れましたが、以下にvirtual E6-Bの操作法を一部ご紹介します。初期画面(メニュー)から「Lat/Long」(緯度/経度)を選び、出発地と目的地の緯度経度を入力し、「Compute!」ボタンをクリックすると、大圏コース(最短距離だが、多くの地図上ではカーブ)と、ラームライン(航程線=一定の針路を維持するコース)の双方で答が出ます。実際にアルタ空港とロングイヤー空港の緯度経度を使って計算すると、次のような数字になります。
Great Circle(大圏コース) 距離511.80nm 真方位349.11度
Rhumb line(ラームライン) 距離512.17nm 真方位345.65度
北緯80度近い北極圏ですので、さすがに大圏コース(の出発針路)とラームラインでは、方位が約3.5度違いますが、飛行距離はたったの0.37nm(685m)しか差が出ません。これは、ほぼ北へ向かうコースだからで、もし東西方向へのフライトでしたら、もっと大きな差が出ることでしょう。
グリッド航法は単に、極地で使いやすく工夫した地図とコンパスを提供する手段であって、GPSのように、機位(機体の現在の位置)や目的地を、ダイレクトに示してくれるわけではありません。飛行そのものは、あくまでも飛行方位と速度/経過時間に基づく、ベーシックな推測航法を土台にして行います。従って必ず誤差が出ますので、目的地へゴールする補助手段として、航法援助無線も調べておくことにします。FlightGearのロングイヤー空港にはVORがありませんが、NDBとILSがあるので、周波数などを調べます。ILSを使うには滑走路方位が必要ですが、これは磁気方位表示ですので、真方位を知っておきたい場合は、その土地の磁気偏差を足し引きします。残念ながら偏差は、Great Circle Mapperにはないので、フライトシミュレーター向けの空港情報サイトなどで調べます。私が常用しているサイトのアドレスは、下記の通りです。
http://www.fscharts.com/
ロングイヤー空港の偏差は、このサイトには「Mag dev -0.8 Degrees」と出ています。「Mag」はもちろん「磁気」の略で、「dev」は「deviation」の略です。このdeviationは、航空用語では磁気コンパスの誤差の一種「自差」(機体および計器の個体差)ですが、地理用語では、まれに偏差(普通はvariation)の意味で使うこともあり、非常に紛らわしいです。数値のマイナスは「磁北極が真北より西にある=偏西」という意味で、プラスなら同様に「偏東」です。幸いご当地ではコンマ以下なので、飛行中は忘れてしまっても、あまり心配はなさそうです。以上のデータを書き添えて、次のようなフライトプラン(正しくは、ナビゲーション・ログ=航法計画書)が出来ました。
●簡単な、航法計画の表を作る:
緯度経度は、先ほどのサイトからのコピペです。
◎アルタ空港(ENAT)(69°58'34"N 23°22'18"E) VOR117.40
▼349.11度(■ 度)512.17nm
◎ロングイヤー空港(ENSB)(78°14'46"N 15°27'56"E) 偏差=偏西0.8度
NDB=LON 350 ADVENT 326
RWY-10(104度)ILS=110.30
RWY-28(284度)ILS=109.50
コースの349.11度は、通常の緯度経度座標の真方位ですから、コンバージェンス(真方位とグリッド方位の差)を使って、飛行中に専用コンパスで参照するグリッド方位(表では、■マークの空欄部分)に換算する必要があります。計算式は、
・自機が東経にいる場合は、
グリッド方位=真方位-コンバージェンス
・自機が西経にいる場合は、
グリッド方位=真方位+コンバージェンス
です。答が360度表示になるよう、もし計算結果がマイナスになったら、360度を足してください。コンバージェンスの値は、大まかには自機の(通常の座標系における)経度と同じですが、かなり誤差が出ますので、私は前回お話ししましたように、GPSを使って計算してパネルにデジタル表示する「GPS-Grivation計」を作りました。皆さんがこの航法を試される場合は、GPSのRoute ManagerのWaypoint欄に「180,0」(東経180度、北緯0度)と入力してアクティベートしますと、GPSがグリッドノースを指します。
この状態でinternal propertiesから instrumentation/gps/wp/wp[1]/bearing-true-degを読み取ると、それがコンバージェンスの数値です。アルタ空港でピラタスPC7改を起動し、GPSにグリッドノースをセットしてコンバージェンスを見ると24.7度ですので、今回の飛行コースのグリッド方位は
349.1度-24.7度=324.4度
となります。この換算値を先ほどの航法計画表に書き入れますが、通常の真方位と混同すると大変ですので、私は数値のアタマに■印を付けることにしました。
●風を読みながら、北へ:
グリッド航法は、先ほども触れましたように、本質的には推測航法の一種ですので、実際のフライトでは、さらに風の影響を加味して、針路と到着予定時刻を補正します。予定時刻のほうは、シミュレーションの場合、いつ着いても構いませんので…針路だけ補正してもOKです。この計算にも、先ほどのvirtual E6-Bが大活躍します。ではフライトに移りましょう。すでに秋分を過ぎてしまったので、北極圏は正午でも太陽が非常に低く、陽の出ている時間が、どんどん短くなりつつあります。
アルタ空港で、離陸準備に掛かります。飛行距離が500nmちょっとありますので、燃費のよい30000ftまで上がる予定です。燃料はピラタスPC7改のデフォルト状態(機内タンクのみ1500Lbs搭載)とし、GPSにグリッドノースの自作フィクス「GRIDN」をセットして、グリッド方位コンパスとGPS-Grivation計が、所定の値を示すことを確認。雲量は2500ftでfew、3500でscatterdのみ。視界は25キロです。
エンジンを始動し、UTCの1025時(ローカル1225時)に離陸。空港VORの周波数をNAV1受信機に入力し、VOR2指示器で方位と距離を確認しつつ、いったん南へ向かって高度30000ftまで上昇し反転。1038時、アルタ空港の真上まで戻り、200KIAS(320KTAS)で航法を開始します。
ここでメニューバーから風向風速を調べると、310度15Ktでした。風の影響を知るため、virtual E6-Bの初期画面から「Winds」を選択し、以下のように入力します。
Wind Direction(真方位の風向)=310(度)
Wind Speed=15(Kt)
True Course=コース針路349(度)(注:ここはグリッド方位ではなく、通常の真方位!)
True Airspeed=現在の真大気速度320KTAS
…ここで「Compute!」をクリックすると、以下のように答えが出ます。
Ground Speed 308.2kt
True Heading 347.3(度)
WCA(ウインド・コレクション・アングル=風力修正角)=1.7(度)Left
これらの数値をもとに、
グリッド方位コンパス針路=324.4-1.7=322.7度
予定飛行時間=512.17nm÷308.2Kt=1.66時間
予定到着時刻=1218時(UTC=協定世界時)
と計算できます。
もし風向風速が固定ならば、このままで相当正確にゴールできます。しかしリアルウエザーを使うと当然、風向風速が不定期に変化します。GPSやVOR航法ですと、計器が勝手に風力を補正してくれるので、風が変わろうが止もうが、あまり関係はなく。パイロットはVOR指示器の機首方位を見て、結果的に偏流角(風に流される角度)および修正角を知るだけですが、グリッド航法を含む推測航法の場合は、どうしても風が変わるたびに、針路補正計算をやり直す必要があります。
問題はこの風の変化を、飛行中どうやって知るかですね。電波航法に一切依存しない方法としては、世界一周の折に、アメリカ西海岸沖でリポートさせて頂きましたように、ウインドスター測風法という手が、あるにはあります。巡航中、三角形に変針して各レグで偏流角を計り、作図または、簡易作図具である本物のE6-B計算盤を使って、風向風速を出す方法です。が実際に20分置きにやってみますと、死ぬほど面倒ですので、フライトシミュレーターの長距離航法に、これを常用される方は、世界中探してもいないでしょう(^^;)。
また、私はAtlas画面の航跡から正確に偏流角を実測しますが、実機ですと肉眼または偏流計ごしに、地形や海面の波の流れ方を視認して測定するので、実際はピラタスPC7改で飛ぶような高々度からは、もやが邪魔をして、偏流を測れないことも多いはずです。その意味で、偏流測定による風力計算は、基本的にはレシプロエンジン時代の技術だろうなぁと感じています。
そうした、あれこれの理由から最近は、いささか簡略ですが、何らかの手段で気象情報を得たとの想定で、時々メニューバーを開いて、風向風速のデータを読んでしまうことにしました。はっきり変化があれば、そのつど修正計算をします。コンパスや速度計の動揺に目を配っていると、風が変わった気配がしますので、再計算するタイミングの目安になります。また複雑な地形の上空では、風が頻繁に変化することが多いので、チェックの頻度を上げるべきです…これがまた結構、煩雑なのですけれども(^^;)。
●ついに、極北の島へ:
1058時。満月に近い月が正面に見え、わが孤独な空の旅を彩ります。まだ受信可能なVORによれば、私はアルタから107nmの海上におり、風が260度11Ktに変わっていることを発見。前回と同様に計算すると、GS(対地速度)は319.6Kt、TH(真方位)が347.0度、WCA2.0度…とのデータが得られました。自作グリヴェーション計で読んだCV(コンバージェンス角。現在地により刻々変わる)は23.7度でしたので、これからGH(グリッド機首方位)を求めると、323.4度。わずかに変針。あと1.267時間、1213時ごろ到着予定です。
1116時、機体が不意にドカンと揺れて、針路が0.3度ほど狂いました。風が310度20Ktに振れており、もっと低い中高度域では、実に45Ktを記録しています。やはり極地の天気ですねぇ。風はさらに314度17Kt、18Ktと細かく変化。310度20Ktで安定したため、さっそく再計算。GS304.2Kt、TH346.7、WCA2.3LEFT…の値を得た結果、取るべき針路は真方位346.8-CV22.4=GH324.4度、という解になりまして、また変針。以後この調子で、倍速モード飛行の合間に、さらに2回の再計算を行いました。コンバージェンスの変化とともに、コースも段々ずれてくるので、この修正もあり、500nmの長旅は、結構あわただしい展開です。
忙しく過ごす間に、いつのまにか月が、機首の左から右へ通り過ぎたことに気付いて、ふと「月距法」という、古い天文航法技術を思い出しました。極地の空で「位置の線」を得る、新たな手段の一つになるかもしれませんが、私の天文や数学の知識では、とても計算式を組み立てられないのは残念です。
1208時。もやを通して、ついに眼下に陸地を視認。ちょうどスピッツベルゲンの、南岸に到着するところでした。ADFをロングイヤー空港にセットすると、正面付近に反応があり、左にずれていきます。
1220時32秒。最新の計算による到着予定時刻から2分半遅れて、空港NDBを左アビーム(真横)に捉えました。しかしAtlas画面測定では、コースは右に20nmも外れています。主観的には、かなり手際よく針路修正を重ねて、うまく飛べたと思ったのですが、飛行距離に対する左右誤差は3.9%とかなり大きく、しかも原因がはっきりせず残念でした。しかしまぁ、グリッド航法で初めて海を渡って、島を発見することには成功したわけですね。空港の東にある、進入用NDBに周波数を切り替えて、降下。
雲を破ると、大きなフィヨルドが目に飛び込んできました。アルタに似た景色ですが、ずっと雪の分量が増えまして、「雪よ、岩よ」という例の、雪山賛歌の歌詞みたいな光景です。きりりとストイックで、なかなか美しい。私は空港北方のフィヨルド上空で進路を変え、小さい山脈を一つ越えて、滑走路へ東から最終進入し、滑らかに着陸しました。1234時、エプロンに入ってエンジンを停止。燃料残は292.8Lbs。搭載量の5分の1くらいですが、飛行時間にすると30分ちょっとしかなく、新航法の本番テストにしては、ゆとりが少なすぎたかと反省しました。
ここで島内のショート・フライトを交えて、スピッツベルゲンにまつわるお話を…と思ったのですが、グリッド航法実証試験のご紹介が長くなったこともあり、次回に譲ります。
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