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「初飛行」満100年!!

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なし 「初飛行」満100年!!

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depth:
43
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 | 投稿日時 2010-12-19 18:41 | 最終変更
hide  長老 居住地: 兵庫県  投稿数: 634
hideです。仕事に追われて、危うく大変な記念日を逃してしまうところでした。
 きょう19日は、明治43年12月19日に東京・代々木練兵場(現・代々木公園)で、徳川好敏大尉操縦のファルマン複葉機が、日本最初の公式動力飛行に成功してから、満100年です。
 半年くらい前に、筑波大の先生で航空史に詳しい、村岡正明さんという人の「初飛行」(光人社NF文庫)を読んで、この飛行の詳細な経緯を、初めて知ることができました。また同書には、代々木練兵場の初飛行時の見取り図と、徳川大尉の飛行経路を現代の地図に重ねた図面もあり、これを見ればFlightGearのシーナリー上に、明治43年当時の練兵場を作り込んで、世紀の飛行を再現することができそうでした。
 まだ幾らでも時間がある…と思っていましたが、ふと気がつけば記念日の数日前。もとより私には、等高線に合わせた練兵場の精密なモデリングは無理ですが、敷地の平面形と仮設格納庫などのテント群、飛行経路を再現した、簡略な立体模式図(?)みたいなオブジェクトでしたら、作ることができます。取りあえず昨夜、マイアルバムに画像をアップさせていただきました。遅くなりましたが、以下に簡単なご紹介を…。

●代々木練兵場を作る:
 本に掲載された図を参考に、練兵場の下絵を作成して、AC3Dの平面図ウインドウに読み込ませ、敷地の平面形と飛行経路を描きました。ついでに格納庫やトイレ、救護所、記者席など計11棟のテントも作っておきます。史実では、飛行経路の外側に十数本の旗が立てられ、ロープを張ってその外周を一般見学者に開放したのですが、このへんは省略しました。
 敷地の東端に見える黄緑色の球は、練兵場正面入り口の「水無橋」の位置を示しており、ここから敷地の西端に見える紫色の球を結んだ線が、現在の井の頭通りに当たります。二つの球は、実はオブジェクトの縮尺と位置決めのための基準点です。2点の距離を、GoogleEarthの物差し機能で計ったところ950mで、これをもとに画素数の倍率を出しました。また黄緑の球は、平面図の座標原点にありますので、GoogleEarth上で実際の水無橋の正確な緯度経度を求め、ここへUFOを飛ばして、オブジェクトを設置すればいいわけです。
 実際にやってみたところ、残念ながら…どうも様子が変です。水無橋は、南北に直進する山手線をまたいでいるのですが、UFOから眼下に見える線路は、途中から西に折れており。私は原宿上空ではなく、西に約1キロずれた、小田急の代々木八幡駅付近にいることが分かりました。ご承知のようにFlightGearのマップデータは、等高線に関してはそこそこ正確ですが、道路や線路は直線的な略図ですので、位置には相当の誤差があります。しかし都市にオブジェクトを置く場合は、たとえ不正確でも、道路や線路、河川を無視するわけにはいきませんよね。やむを得ず、シーナリー上の山手線を基準に東西位置を決めましたが、南北の位置は幸い、新宿副都心を基準に見ると、ほぼ合っているようです。

 UFOを使ったオブジェクト配置は、しばらくやっていないので、すっかり忘れました(^^;)。蛇足ながら、以下に簡単にご紹介しておきます。
(1)UFOでオブジェクトを置く現場に行き、精密に緯度経度を合わせ、低空に降りる。
(2)小文字のLキーを押す。配置オブジェクトを選択するウインドウが開く。任意の
   パスをたどってファイルを選択し、「Load Model」ボタンで確定。
(3)オブジェクトを配置したい地上の一点にカーソルを当てて、クリックする。
   するとオブジェクトが現れる。ただし、地面に半分潜ったりしているかも知れない。
(4)そこで位置の微調整をする。Tabキーで「Ajust model」ウインドウが開くので、
   オブジェクトの位置や高度、向きをボタンとスライダーで選択する。この作業は、
   UFOにポーズを掛けたままでも可能。
(5)位置決めが終わったら、dキーを押す。コンソール画面に配置データが出るので記録する。
(6)ダンプしたデータ冒頭に書かれた、シーナリーのフォルダを開き、stgファイルをエディタで
   開く。「OBJECT_SHARED」で始まる、配置オブジェクト名のパスと位置座標を書いた行を
   正確に追記する。以後FlightGearを起動するたびに、このオブジェクトが出現する。

●飛行の史実について:
 徳川大尉の飛行は約3分間、高度70m、距離3000m(異説あり)で、一般に日本初飛行とされています。しかし5日前に僚友の日野熊蔵大尉が、ドイツ製のグラーデ単葉機で距離約70mを飛んでいるものの、公式には初飛行として認められませんでした。一体なぜなのか、大きな疑問でした。
 「あれはジャンプ飛行に過ぎない」という説があります。しかし「ジャンプ飛行」とは、非常に曖昧な概念です。例えば19世紀の「飛べない」設計の機体が、たまたま地面のデコボコを拾って宙に浮くことを言いますが、同時に零戦の初飛行のように、滑走路すれすれに数秒ずつ飛んで舵の利きなどを確かめ、徐々に飛行距離を伸ばしていく場合も、ジャンプ飛行と呼びました。後者はパイロットの制御下で定常飛行をしているのですから、立派な「飛行」でしょう。また飛行距離70mでは、初飛行と呼ぶには短か過ぎるとの声もありますが、これも少々変。オービル・ライトの史上初の動力飛行は、半分の36mしか飛んでいないのですからね。
 代々木練兵場のフライトは、国が陸海軍の将校や物理学者らを集めて作った「臨時軍用気球研究会」のプロジェクトですが、14日は地上滑走の予定日だったため、形式にうるさい軍が、日野大尉が飛んだのは「誤って離陸した」ことにしてしまった…という説も昔から目にします。昭和ならぬ明治の軍隊が、そこまで杓子定規だったかどうかは知りませんが、まあ、ありそうな気はします。また、名家の出身である徳川大尉が、航空先進国だったフランスに派遣されたのに比べ、日野大尉はドイツに行かされるなど、ことごとく冷遇されていたのではないか…という説もあって、真相が分かりませんでした。

 「初飛行」を読むと、これらの疑問が初めて氷解しました。
これから読む方に申し訳ないので、詳しいことは書きませんが、整備技術に大きな問題があり、約1週間の公開テスト期間中、ファルマン機は最初、ほとんどエンジンが掛かりませんでした。グラーデ機も最後まで、定格出力が出ませんでした。そのため数日にわたり、ファルマン機はおおむね沈黙し、グラーデ機も練兵場を駆け回るが飛べず、という事態が続き。連日の大群衆と取材陣を前にした二人は、次第に焦りを強め、ついにパワー不足のまま、何度も乱暴に離陸を試みては、事故を重ねています。
 日野大尉の「非公式の初飛行」もこの延長線上にあり、完全に機体をコントロール下に置いていたとは言い難いようで、機体を小破しています。従って「地上滑走の予定日だったから、公式飛行にならなかった」は俗説で、「日本最初の公式飛行」は内容的にみても、19日早朝の徳川大尉のフライトになるようです。ただし同日午後には、日野大尉も改めて1000mを飛んでおり、「日本の初飛行」の名誉はやはり、いずれか一人ではなく、二人のものだと思います。

●時代の風に乗って:
 なお、日野熊蔵が軍に冷遇されていたかというと、まったく違うことも分かりました。
彼は少年時代から英語と数学が得意で、鉄管を使った鉄砲や火薬を自作。陸軍士官学校を受験するころには、すでに独自の自動拳銃の設計原案を持っており、任官後に実際に制作して、特許を取っています。若くして陸軍技術審査部員に抜擢され、ロケット砲や空気砲を考案。新型の歩兵砲や手榴弾、三輪自動車を作ってしまう天才肌の発明家でした。これに対し徳川好敏は、旧水戸藩主の孫。伯爵だった父は事業に失敗して金銭スキャンダルを起こし、爵位を返上しました。好敏は「お家再興」を果たすのが悲願で陸軍へ。日露戦争中は参謀部で諜報活動をした、頭の切れる将校でした。しかし手柄を立てる前に戦争は終わり、このままでは爵位復活も無理と判断。大活躍の場を求めて、出来たばかりの気球隊に転属したという、少し変わった動機で航空界に入った人だそうです。
 初期の飛行研究の中枢だった「臨時軍用気球研究会」には、日野大尉と徳川大尉、海軍で飛行機の研究を始めていた相原四郎大尉、日本初の風洞を作った、東京帝国大学教授の田中舘愛橘博士らが集まりました。同じころ、東京ではフランス人の駐在武官、ル・プリウール大尉が独学でグライダーを制作しており、彼は明治42年11月(徳川大尉の公式飛行の1年前)に、上野・不忍池のほとりで自動車曳航により、日本初の滑空飛行に成功していますが、開発と飛行を全面的に支援したのが、先ほどの田中舘教授と相原大尉でした。多くの才能が運命的に出会い、時代の風に向かって「離陸滑走」を始めた…とでも言いたい光景ですね。
 日野大尉は、すでに2サイクルエンジンと機体の開発に着手しており、これらメンバーの中でも異彩を放っていました。彼の「日野式一号機」は、気球研究会の事業として明治43年3月に完成しますが、飛行には失敗。研究会は取りあえず、外国機を導入することに方針転換します。こうして翌4月、さっそく日野大尉と徳川大尉がシベリア鉄道に乗り、パリを目指すことになったわけです。

 ライト兄弟の初飛行から、わずか6年半。しかしヨーロッパの航空界は、すでにライト機の性能を大きく抜き去り、大躍進に入っていました。二人はさっそく飛行学校に入りますが、初期の名飛行家、アンリ・ファルマンが経営する学校だけで3校もありました。徳川大尉は堅実に訓練を重ね、フランス飛行クラブ発行の操縦免許(当時は恐らく、世界唯一の公的なライセンス)を取得しましたが、通算289人目だったそうで、いかに飛行家が増えつつあったか分かります。
 いっぽう日野大尉は、ライセンス取得には興味がなかったようで、フランスの学校をやめて単身ドイツへ向かい、グラーデ単葉機とライトA型(ドイツで生産された車輪付き)を購入しますが、「なぜ時代遅れのライト機を?」という気もします。総じて日野大尉は、才能の塊ですが功を焦るタイプのようで、自分のみを信じて、操縦ばかりか、エンジンも機体も設計し、さらに航空機製造の事業化まで視野に入れていたようですが、資金繰りにも無理を重ねたあげく、どれも十分に果たせないまま、航空界を去って行きました。かたや徳川大尉は、着実に後輩パイロット育成の任務をこなし、気球研究会の名称を取った「会式」複葉機を設計し、やがて完成した所沢飛行場から、初の「首都訪問飛行」へ飛び立つことになります…ただの御曹司では、なかったわけですね。

●FlightGearで、明治を飛ぶ:
 では簡単に、フライトのご紹介を致しましょう。完成した練兵場オブジェクトを配置したら、ぜひ日野大尉のグラーデ機を置きたくなりました。FlightGearにはないので、見かけが似ているサントス・デュモンのドモアゼル単葉機を、UFOを使って格納庫前に配置。この座標データを参考に、ファルマン機を起動する地点の緯度経度、高度などをプリセットしました。
 リアルウエザー機能は切って、史実通りに北西の微風とし、時刻は午前7時50分ごろに。雲量がよく分かりませんが、数日来の悪い天気が終わって、当日は朝日が差したようです。エンジンを始動し、実際の離陸地点の近くから飛び立ったところ、あっという間に練兵場西側の境界が迫って急旋回となり、「こんなに、狭かったのか?」と焦りまくりました。HUDを見ると100Ktも出ていますが、これはFlightGear機の設定がオーバーパワーなので、現実のファルマン機なら、到底あり得ないお話です。
 スロットル開度を10〜15%まで絞り、飛行経路の直線部を約30Ktで飛び、コーナーでは失速防止のため、少しだけパワーを増すと、ちょうどいいようです。こんな低速飛行はライト・フライヤーIか、ウルトラライト機の「ドラゴンフライ」でしか味わったことがありませんが、ここまで減速しますと、なるほど練兵場に描いた円形コースにぴったりです。失速を常に意識しながらの操舵も新鮮で、タッチはフワフワながら、まことにスリリングです。無心にコースを回り続けていると、次第にFlightGearの東京のここだけが、明治時代のような気分になってきました。フライトシミュレーターは、タイムマシンでもありますね。
 ご紹介した「初飛行」には、同じ明治43年、アメリカの飛行家の公開飛行を見物する、数百人の大阪市民の群像写真が掲載されていますが、魂を奪われたように、一心に天空を見つめる無数の顔、また顔の群れは、とても感動的で、改めて「空を飛ぶって、すごいことだったんだなぁ」と思います。また巻末に近く、石川啄木が26歳で病死する前、最後に作った「飛行機」という詩が紹介されており。短いながら鮮烈な作品で、明治という時代に生きた人たちの熱い感性を、改めて想像します。ちなみに「飛行機」という日本語を考案したのは、羽ばたき機の研究にも興味を持っていた陸軍軍医、かの文豪・森鴎外であったそうです。
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