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海鳥の旅南大西洋横断の前哨基地・ダカールへ

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なし 海鳥の旅南大西洋横断の前哨基地・ダカールへ

msg# 1.4.1.1.1.1.1.1.1.1.1
depth:
10
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 | 投稿日時 2012-10-13 3:36 | 最終変更
hide  長老 居住地: 兵庫県  投稿数: 634
hideです。
 私の世界一周「海鳥の旅」は前回、カタリナ飛行艇がアフリカ沖の赤道上で、支援船「オセアニック・ギア」号と会合したところまででした。今回は更に西進して、アフリカ最西端にあるセネガルの首都・ダカール空港(GOOY)まで進出します。ここは、大西洋を巡る航空史に何度も登場する場所です。

 かつてパリダカ・ラリーで有名になったこの街は、大西洋へ大きく張り出したアフリカ西岸の、小さな半島の先端にあります。対岸はブラジル東端のナタールで、大西洋が比較的狭い場所の一つですので、1920年代から大西洋横断の基地として、さまざまな記録的大飛行や新空路開拓への挑戦、やがては定期便の発着に利用されました。FlightGear用の機体を見ても、1927年に大西洋を渡ったサヴォイア・マルケッティ S.55双胴飛行艇や、サンテグジュペリの同僚ジャン・メルモーズが1933年、渡洋郵便飛行ルート開拓に使った長距離機、クージネ70「アルカンシエル」号が、この地を飛び立っています。そういえば世界一周の「ニッポン号」も、ナタールから国産機初の大西洋横断飛行に挑み、無事ダカールへ降りたのでした。

●リンドバーグ夫妻の、水上機旅日記:
 チャールズ・リンドバーグもまた、ダカールに縁があります。彼は1933年、副操縦士と通信士を務める奥さんのアンとともに、自家用のロッキード・シリウス水上機「ティングミッサートク」号で、グリーンランドから南米に至る広大な大西洋を3万キロ調査し、近い将来に定期航空路を開設する際のルートや中継地点を探しました。途中でダカールへの寄港も計画しましたが、たまたま黄熱病が発生したため断念し、やや南方のバサースト(当時の英領セネガル。現在はガンビアの首都バンジュル)を訪問。ここから南米を目指したものの、燃料満載で重い離水に何度も失敗を重ねています。
 度重なる想定外のトラブルと不安、そして冒険の歓喜が交差する、若い夫婦の空の旅日記を、アンが生き生きと小説風にまとめた「聞け!風が」(みすず書房)をこの春読んだことから、私も同じバサーストに今回立ち寄って、新たに燃料タンクを大幅に拡張したカタリナ飛行艇の、初の満タン離水テストをしてみることにしました。
 という次第で、今回の飛行コースは次の通りです。
△オセアニック・ギア号 0°N-0°E(赤道とグリニッジ子午線の交点)
   ▼1.6度338nm
◎ガーナの首都アクラ コトカ国際空港DGAAのVOR113.1ACC アクラNDB409AA 05°38'02N-00°09'19E。
   ▼295度1096.3nm
◎ガンビアの首都・バンジュル空港GBYD(戦前の英領セネガル、バサースト)VOR112.9BJ NDB256ND
13°20'17.59N-16°39'19.95W
   ▼330.5度97nm
★セネガルの首都・ダカール空港(GOOY)VOR113.1YF NDB323SDS 14°44'41N-17°28'29W

 …それではまずカタリナの、燃料タンクのお話から入ることに致しましょう。

●不思議なタンクの謎を解く:
 カタリナ飛行艇には妙な癖があります。計5基ある燃料タンクのうち1基は使用できず、スライダを動かしても正常に反応しません。残る4基も、実はそれぞれ異なる3種類の燃料減少率を持っており、均等には消費されません。おまけに、燃料が減って2基がカラになると、残る2基には残量があるのにエンストします。しかもなぜか、右エンジンだけが止まるのです。
 すでに「海鳥の旅・第1回」(今年6月20日)でご紹介しましたように、ルソン島北方のバシー海峡で実際にこれが発生して、からくも不時着水しました。カタリナのオートパイロットも(TatさんのYS-11と同様に)一応、片エンジンが停止した場合は、健全なエンジンの側にバンクを取ってバランスを保ちますが、カタリナのエンジンは空中で停止した場合、なぜかその後も不規則に数秒間ずつ吹き上がる癖があります。このため飛行状態によっては、オートパイロットが追従できず機体が暴れて姿勢を崩し、墜落する恐れもあります。「海鳥の旅」では、私は睡眠中にオートパイロットで距離を稼ぐケースも多いので、これは大問題でした。

 そこで長距離飛行中は1回か2回、スライダを再調整して、不均一に減った燃料タンクのレベルを揃えることにしました。実機でも洋上飛行となれば、航空機関士が盛んにこの種の調整を行うはずです(カタリナの主翼取り付けパイロン内には狭い座席がありますが、あれが機関士席)。しかし、数時間おきに調整が必要となりますと仮眠も出来なくなるため、各燃料タンクの残量から個別の燃料減少率を出し、それぞれ満タン容量に差をつけて、ほぼ同時に使い切るよう工夫しました。ところが前回、実際に長距離を飛ばしてみると、やっぱり残量にだんだん差が付いてきまして、謎は深まるばかりです。
 こりゃ燃料の供給系統に問題があるな、と思ってファイルを精査したところ。PBY-6-devel.xml に、空力・操縦関係のデータと共にエンジンに関する記述が見つかり、どのタンクから両エンジンに供給するかを示すfeedというタグが、左右エンジンで異なっていました。
左エンジンは
<feed>0</feed>
<feed>1</feed>
<feed>2</feed>
で、右エンジンが
<feed>0</feed>
<feed>3</feed>
<feed>4</feed>
となっています。つまり実際は使用できない(実は、ほぼ容量ゼロにしてある)4番タンクが、誤って右エンジンに接続されており、また0番タンクが、左右両エンジンに繋いであります。このため、

・0番タンクは、エンジン2台の共用なので急速に減る。
・1番と2番タンクは、いずれも右エンジンだけが使うので、減り方が同じである。
・3番と4番タンクは左エンジンだけが使うが、実際は4番は最初からカラなので、
 残る3番タンクの減少率は、1番と2番より多い。

…ということが分かりました。
 ここまで来れば、対策は簡単です。私は4番タンクを含む全タンクの容量を、デフォルトより一回り大きい4000Lbsに統一し、すべて両エンジンに繋ぎました。これで当初は12000Lbsだった満タン容量が20000Lbsまで拡大され、(もしこんな過負荷でも、離陸できるなら)念願の24時間を超す滞空も実現しそうです。最後に燃料消費量のテストをしたところ、全タンクが完全に均等に減っており、飛行中にスライダを再調整する必要も、片肺停止の恐れも無くなりました。この満足感は、なかなか大きかったです。
 ちょうどオセアニック・ギア号に出逢ったばかりですから、仮想世界では、支援船の力を借りて洋上で改修をした…という気分ですね。

●緯度経度ゼロ点から、バンジェルへ:
 さて離水。コース上は追い風です。さらばオセアニック・ギア、「世界の座標原点」を後にします。
あれはFlightGearの、過去のどのバージョンだったでしょうか…この、緯度経度ゼロ点に機体を出現させて真上を見ると、高度数千フィートの中空から無数の飛行機が、数秒間隔で出現しては東西南北へ飛び去るという、非常に面白い現象が見られました。私は猛烈に驚いて、ほんの数秒間だけですが、
    「なるほど、FlightGearのAI機は、全部ここで生成されて、世界中へ散っていたのか!」
と感心しました。もちろんそんなはずはなく、一種のジョーク・プログラムだったようですけれど、いずれにせよ「世界の座標原点」ならではの洒落ですね。当時の写真を探したけど、出てこなくて残念です(^^;)。

 燃料を半分だけ搭載し、ほぼエンジン全開で207KTASをマーク。燃料流量は738Lbs×2という恐ろしい量ですから、搭載量10000Lbsですと6時間40分くらいしか保ちません。それでも1200nmくらいは飛べるので、仮眠抜きの今回はずっと、こうした高速モードを使いました。
 VORでアクラを捕えて降下。海沿いの小さな都会です。せっかく飛行艇なのだからと、しばらく海岸に平行に飛んで着水場所を選び、降りてすぐ小さな入り江に乗り入れて、市街の外れにビーチングしました。

 背の低い、巨大な円形建築が幾つもあり、ヘリのローターみたいなものが回っています。もしかすると…浄水場でしょうか? タキシングの足が非常に重く、まともな地盤ではない模様で、GoogleEarthで調べても、沼みたいな所です。機体が何とか動くのを幸い、さっさと方向転換して海に飛び込み、一気に離水。迷わず空港へすっ飛んで着陸しました。しかしここも、滑走路脇に2機の輸送機が、カーゴドアを開いたまま、荒廃した雰囲気で放置されており、ゾウの墓場のように陰気です。街は結構きれいなんですが。余談ながらアクラは、野口英世が黄熱病で亡くなったところでしたっけ。

 日を改めてアクラから、今度は一転して95KIAS(110KTAS)でスローフライトを行い、燃料の食い延ばしを図りつつ1096nmを飛行。仮眠を挟んで約9時間ののち、ガンビアの首都・バンジュル空港GBYDへ到着しました。広大なアフリカ西部の南岸を進みながら、かなり快調にNDBの方位線をクロスさせて位置を出し、最後に現地の空港VORを拾って、滑走路方位にセットしたラジアルを頼りに夜間着陸。レンブラントを使っていたので、最後は着陸灯が滑走路を照す中で、快適なタッチダウンとなりました。

●「無限の滑走路」さえあれば、飛べるのか?
 この航程ではタンク改修後初めて、過去の満タン容積を超える15000Lbsまで燃料を搭載して飛行。アクラの滑走路を48秒も走ってやっと浮きましたが、燃料の減り方は全タンク完全に均一で、さらに消費して軽くなる分の燃費改善を計算に入れると、23時間くらいは飛べそうです。となると満タンの20000Lbsにした場合は、優に24時間を超えるわけですね。問題はそんな重量で、離陸或いは離水ができるかどうかです。

 航空史の逸話の宝庫である1930年代には、水上機や飛行艇が大活躍しました。その理由は昔から「海上なら、無限の距離を滑走できて便利だからだ」と言われてきました。そう言えば、そうなんですけれど…長距離飛行で燃料が重い時などは、本当に何キロも走ったのに、離水できなかった例もままあります。
 この場合は通常、燃料を少しずつ捨てて機体を軽くするのですが、それでもダメですと、風向きや波高が変わってから再挑戦したり、荷を減らすことになります。前述のリンドバーグ機の場合は、補助燃料タンクや係留用の錨、一部のスペアパーツ、防寒具など大量の装備を降ろして、やっと離水に成功しました。ニューヨーク港やグリーンランドでは気温が低く、空気密度が高くて問題なかったのに、赤道近くまで南下すると猛暑のため、エンジン出力も揚力も不足したのでしょう。
 もう一つ例を挙げれば。前述のメルモーズは1930年、単発の長距離郵便機/小型旅客機ラテコエール28型を水上機にした実験機「ヴォー伯爵号」(投稿画像は、よく似た29型を改造)を使って、ダカール北方にあるサン・ルイからブラジルのナタールまで、南大西洋横断の郵便飛行初テストに成功しました。しかし大量の燃料で過荷重となった機体を持ち上げるには、単発650馬力では非力で、やはり離水に苦労しました。ことに帰路は強風下でもなかなか離水に成功せず、場所や気象条件を変えながら、実に53回目の試みでやっと浮揚しています。水上で「滑走距離が無限」であることは、決して万能ではないのです。

●2万ポンドの燃料を積んで離水:
 FlightGearの機体は、いずれも離陸性能が良くて、かなり思い切った過荷重状態にセットしても、離陸できなかった記憶はほとんどありません。MSFS2000向けに作られた「セントルイス号」に、実物通りの満タン重量を与えてみたら、羽田の滑走路を使い切っても飛べなかった覚えがありますが、FlightGearではまず、そんなことは起きませんでした。しかしながら従来、満タンで12000Lbsだったカタリナの燃料搭載量を、今回は一気に20000Lbsまで増やしましたので、さすがに飛べるかどうか心配でした。そこでテストのため、バンジュル空港GBYDで起動。飛び上がってすぐ海に降りようと思ったのですが、機体は最初から海上に出現しました。水上機用のシーレーン(滑走帯)が、市街地のすぐ南の湾内に設定されており、強制的にそっちで起動してしまうようです。

 デフォルトの燃料搭載量10000Lbsで、軽く離発着を試みたあと。市街地の北に回って搭載量を15000Lbsに増やし、離水試験を実施。70Ktまでは加速しにくかったものの、滑走55秒で少々強引にローテーションを掛けたところ、あっさり飛び上がりました。さらに満タンの20000Lbsまで増量。46秒走ったのち、機体を空中に持ち上げることは出来ましたが、この時はいくら機首を上げても、海面すれすれの高度を維持したままで、翼端フロートが折りたたみ可能になる100ftまで上がることは出来ませんでした。グラウンド・エフェクトが発生する高度域にとどまったまま、上に出られない感じです。がっかりして着水し、燃料を18000Lbsに減らしました。

 改めて観察すると、海上には150度11Ktの風が吹いていました。さきほどは地形の関係で無理だったのですが、今の位置なら風上へ滑走が可能です。試してみると、38秒でちゃんと浮揚しました。スティックを抑えて速度を稼ぎ、だましだまし100ftを越え、80Kt強を維持しながらフロート収納。再び着水して燃料を19000Lbsまで増量してテストしたところ、またまた滑走29秒で浮いて、うまく上昇につなげることが出来ました。
 最終目標の満タン離水に再び挑戦しますと、今度は上昇が可能でした。要は風向きと風速と、慣れと操縦技術が問題だったようです。よしよし、これで20000Lbsの燃料を持ち運ぶことが可能になりました。

●ダカールへ:
 バンジュルから、次の目標ダカールに向かって離水。2時間弱の仮眠から目覚めると、80nmほど行き過ぎていましたので反転し、無事に主滑走路へ着陸してランプイン。
 ダカールは、西へ大きく張り出した岬の付け根にある都市です。一等地に巨大な空港が広がって、その周囲を取り巻く形で市街地が形成されており、門前町ならぬ「空港町」ですか。さすがは…かつてのフランス・南米航空路の一大拠点です。でもこの空港の、まとまりのなさは、なんなんだ? 2本の滑走路は相当離れているし、エプロンとの間を繋ぐ誘導路も、めったやたらと無計画に引かれた印象で、空港の全体像を一体どうしたかったのか、よく分かりません。昔は水上機基地も併設されていたはずですが、場所は不明です。

 ともかく、これで私のカタリナは「大西洋へのドア」に手を掛けました。さらにリンドバーグ夫妻の足跡を逆にたどって、350nmほど沖にあるカーボ・ヴェルデ諸島の首都、プライアに進出したかったのですが、すでに季節は10月です。アメリカ大陸到着後は大きく北上するつもりですので、うかうかしていると、今後利用できる日照時間はどんどん短くなります。もうあまり、寄り道は出来ません。さて次回はどうしよう…。

■追伸:日本シーナリーのトラブル■
 toshiさんのご報告で、東京にスカイツリーが加わったと知って先日、さっそくe130n30のシーナリーを更新。ところがUFOで見物しようとしたところ、日本列島の風景が途中で途切れてしまいました。

 詳しく言いますと。誤ってRJOOで起動してしまったので、そのまま超高速で羽田へ向かったところ、伊勢湾でシーナリーのタイルが途切れ、海も消えてしまい、前方はもやだけになりました。逆に羽田で起動して伊丹へ飛んでみても、やはり伊勢湾に近づいたあたりでシーナリーが途切れます。よく見るとモニター・ウィンドウにエラーが出ていて、私がダウンロードして追加した、セントレアRJGGに詳細な空港施設を追加するxmlファイルに書かれた、コメント文の「/*」マークが「読めない」と指摘されていました。v280では文法が少し変わったようですね。取りあえずコメント文をすべて削ると、東京=大阪間のシーナリーは、再び無事に繋がりました。同じトラブルをお持ちの方がおられましたら、参考になれば幸いです。
 この状態では、セントレアは航空機と支援車両、照明灯、タンク、無線塔などは見えたものの、ターミナルビルが消滅しています。スペインの作者さんのホームページにも、まだv280用の改良版がないようで、バーションアップが待たれます。
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