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Re: 手探り航法・旅日記

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通常 Re: 手探り航法・旅日記

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87
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 | 投稿日時 2007-11-27 17:19
hide  長老 居住地: 兵庫県  投稿数: 650
hideです。
 2本に分けて一挙投稿のうち、これが2本目です。
前回お示しした航程のうち、パリからロンドンに向かう区間をご紹介します。まずブロンコ改で、フランス北岸のカレーに移動しましてブレリオXI号機を使い、1909年7月にルイ・ブレリオが達成した、初のドーバー海峡横断飛行を再現。再びブロンコ改のコクピットに戻り、現代機でほぼ同コースを飛び比べた後、ロンドンに向かいます。
 フライトプランのうち、関連部分を再掲しましょう。


■クラシック機と遊びながら、ロンドンへ■(その2)
         (パリ〜ドーバー海峡〜ロンドン)
コースマップ:e000n40
       e000n50
       w010n50

◎パリ、ル・ブールジェ空港LFPB(VOR 108.80)
48° 58' 10.00" N 002° 26' 29.00" E 偏西1度
RWY27=ILS110.55 RWY07=ILS109.90
    ▼341度73nm(●342度)
★AbbevilleVOR(108.45)N50.08.06-E01.51.11
    ▼4度50nm(●5度)
◎Calais Dunkerque空港LFAC(VOR 110.55)
    ▼ブレリオ=263度9nm進み、317度を洋上18nm。
    ▼ブロンコ=298度26nm
★Dover VOR(114.95)N51.09.41-E01.21.32
    ▼277度69nm(●279度)
★Ockham VOR(115.30)N51.18.17-W00.26.50
    ▼342度2.9nm(●344度)
◎ロンドン・ブルックランズ飛行場EG11
N51.21.02-W00.28.09 偏西2度

●ブロンコ改、エッフェル塔上空を舞う:
 ル・ブールジェ空港を離陸。今回はショートフライトなので、燃料をメインタンク半分の1000Lbsとしました。

 機体を軽くしたのは、ちょっと魂胆がありまして…リンドバーグがニューヨーク=パリ間飛行に成功した後、欧州各地の親善飛行に旅立つにあたり、パリ上空で様々な曲技飛行を演じて、別れを惜しんだそうですので、私もやってみたかったのです。
 (彼のセントルイス号は、NY離陸時の鈍重なイメージが強いですが、燃料を大幅に減らせば、実はパワーと強度が余って曲技も可能。リンドバーグは機体完成時のテスト飛行中、たまたま出会った海軍の戦闘機と、模擬空戦をして遊んでいます)
 現代の実世界では、ちょっと困難でしょうが…私もル・ブールジェからパリ中心部に出て、エッフェル塔周辺で、連続宙返りや横転、錐もみを試して遊びました。

 機首をAbbeville VORに向け、真っ平らな箱庭的農村風景の中を飛び続けていると、残念なことに…地平線に、真っ白な空白地帯が広がっているのを発見。久しぶりに、地形データの読み取りミスが発生した様子です。
 このまま飛び続けても、数分後にはエラーが出ますので、たまたま眼下に見えた、Le touquet Paris Plage空港に緊急着陸。ここは芝生の滑走路を持つ小空港でした。

 …FlightGearを再起動し、燃料の残量を消費分だけ調整した後、カレーへ。パリ上空で遊び過ぎたのか、気が付くと燃料計がゼロを指しておりまして、冷や冷やしながらダイレクト進入。エプロンに乗り入れた途端、ガス欠でペラが停止しまして、実に危ないところでした。次はいよいよ、海峡横断です。

●ルイ・ブレリオの飛行を味わう:
 Calais Dunkerque空港で、ブレリオXI号機を起動。
リアルウエザーは240度12Ktの風。雲量は4678ftにScattered、2678ftにfewでした。古典機で飛ぶには風が強いですが、実際のブレリオの飛行でも、かなり風があったような気がします。左へ機首を振る機体をだましながら離陸。まず海岸沿いに西へ9nm進み、ブレリオが離陸した地点へ向かいます。上昇中の速度は40Kt弱と、相変わらずの鈍足です。

 このへんが、海峡の一番狭い地点かな…という海岸で、HUDのコンパスを使って機首を317度に向け、海に乗り出し、後はHUDを消してしまいました。さてここからは計器なし。結構大変でした。

     ○

 史実では、ブレリオは英国の大衆紙デイリーメールが行った、海峡初横断の1000ポンド懸賞飛行に応募。パリ生まれのイギリス人、ユーベル・ラタムの名機アントワネット単葉機と、一番乗りを争いました。
 アントワネット機は、オリンピックの競技ボートのような細長い胴体に、直線的なテーパー状の主翼が付いた、大変エレガントな単葉機で、エンジン出力はブレリオ機の2倍。一時は高度記録を作った飛行機ですが、最初の挑戦でエンジントラブルから海峡に不時着水。2機目を準備中、ブレリオに先を越されました。

 ブレリオは、数日前に不時着して足を負傷しており、松葉杖をついて愛機に搭乗。コンパス取り付けも断念するほど、出発を急いだため、友人に「ドーバーはどっちだ?」と尋ねて、夜明けと同時にフランスを後にしました。最初は、護衛役のフランス駆逐艦が見えましたが、やがて朝霧のため、艦も海岸線も見失い、針路維持に苦心しながら直進。少々コースを東に外したものの、やがてドーバーを発見して着陸に成功。この計37分間の歴史的飛行に、デイリーメールの社主・ノースクリフ卿は「イギリスは今や、島ではなくなった」と賛辞を送りました。前例がないため税関が困り、ブレリオ機を書類上、ヨットと記載したのは、有名なお話ですね。

●太陽をコンパスに…孤独の海と空:
 一説によるとブレリオは、霧の中では全世界から切り離されたような孤独を感じた…と語ったそうです。私は「たった37分の飛行で、大げさな」と思ったのですが、いざシミュレートしてみますと、これは案外、骨の折れるフライトでした。

 まず…コンパス無しというのは、こんなに飛びにくいのかと思いました。時刻は史実通りに夜明けとし、霧を出しましたので、背後のフランス海岸はすぐに消え、周囲は暗い夜明けの空と、のっぺりした黒い海ばかり。針路がずれても分からないのです。
 ふと思いついて振り返ると、黄色い朝日が、右の水平尾翼に重なって見えました。ということは…飛行時間を仮に30分程度としますと、太陽の位置はイギリス到着までに、せいぜい西へ8度しか移動しないはずですね。これは、使えますよ!!

   「…よし、太陽をコンパス代りにしよう…」

 振り返ったままでは、操縦は出来ませんので、前方の断雲を仮の目標に定め、少し直進しては、また太陽を振り返ります。この機体は、どうも左へ左へと機首を振る癖があり、これにも悩まされました。雲を見上げて、針路をこまめに修正しながら、また太陽をチェック。暗い孤独の海と空が、うんざりするほど続いたのち、ようやく水平線に、もやでも雲でもないものが見えました。
 陸だ。イギリスです。西風のため、私はほぼ史実通り、ドーバーをかすかに東へ外しているようです…やがてドーバーの崖の上、無線塔そばの草原に、エンジンを切って無事着陸しました。途中、盛んにポーズを掛けたので、正確な飛行時間は分かりませんが、おおむね30分かそこらだと思います。
 各種のフライトシミュレータで、ブレリオの横断を再現するのは通算3回目ですが、時刻や天候まで再現したのは初めて。今回は少しブレリオの気分に近づいた気がしまして、かなり大きな達成感がありました。(フライトシムで古典機を飛ばすのは、或る意味、ヘイエルダール博士の「コンティキ号漂流記」みたいな、「実験考古学」の趣きもありますね)

●ロンドンだ!! グリニッジ子午線を通過:
 私は再びブロンコ改に乗り換えて、カレーからもう一度ドーバー海峡を横断。機内タンク2000Lbsのみの機体は、ひらりと離陸して海峡をめざします。巡航240Ktの、なんと速いこと。わずか5分でドーバーVORの上空に到達し、ここからロンドン南西のオッカムVORに機首を向けました。VORはあるし、オートパイロットは使えるし、現代機のありがたさが、つくづく身に染みます。何だか密閉キャビンの温かささえ、感じるような気がするほどです。

 やがてロンドン首都圏に入り、北方にはシティ地区のビル群らしい影が見えます。ここでHUDを入れて、現在地が西経になったことに気が付きました。ロンドン郊外グリニッジ天文台を通る、経度ゼロの子午線を越えたのですね。ちょっと感動です。
 しかし…現地時間は正午なのに、空がとても暗いなあ。太陽の高度は、まるで夕方です。考えてみると、もう11月の下旬。北緯51度を飛んでいるのですから、太陽も低いはずですね。有名なイギリスの冬の陰鬱さを、初めてFlightGearで体感しました。(ここはやはり、熱い紅茶が、欲しくなりますねえ)

 オッカムVORで北へ変針。はるか彼方にヒースローが見えますが、私の目的地は、その手前の小飛行場・ブルックランズです。

●クルマとヒコーキの殿堂、ブルックランズ:
 ブルックランズは、1907年に世界で初めてオープンした、自動車レース用のサーキットなんですが、実はイギリスの航空史上に、燦然と輝く地名でもあります。ここでしばらくウンチクを並べるのを、どうかご容赦下さい。

 このコースは、全長3.75マイルの楕円形。幅は30mあり、コーナーに高さ10mのバンクを設けた本格派。初年度から24時間走行距離の世界記録(平均時速約105キロ)が作られるなど、レースの歴史を華麗に彩るのですが…ここでは、飛行機のお話をします。
 この立派なトラックを、絶好の滑走路と見なしたのが、初期のヒコーキ野郎たちでした。
 まず1908年に、A・V・ローという男(後にアブロ社を創設)が現れて、「格納庫を建てさせて下さい」と頭を下げました。彼が作った複葉機は馬力不足で、最初は自動車に曳航されて、やっと浮いては操縦性をテストしましたが、やがてエンジンを換装し、イギリス初の(これには諸説あり)動力飛行に成功しました。
 お次は1910年に、トーマス・ソッピースがやってきましたが…彼は数年後にここで、第一次大戦の傑作戦闘機、ソッピース・キャメルを初飛行させます。1911年にはデイリーメール新聞社が「英国エアレース」を開催。飛行学校も開設され、サーキットは次第に「ブルックランズ飛行村」と呼ばれるようになりました。
 以前、ニュージーランド=オーストラリア間の、タスマニア海横断飛行の際にご紹介しました、戦前のアマチュア大飛行家、フランシス・チチェスターも、ここで操縦免許を取った一人です。

 その後は、トラック中央の空き地に滑走路が新設され、ハリケーン戦闘機が初飛行するわ、ヴィッカース社の工場は建つわ。第二次大戦中に、とうとう由緒あるバンクが一部を残して取り壊され、「ひさしを貸して母屋を取られる」と言いますか、レースコースはすっかり飛行場に様変わりしましました。
 現在は一転して、広大な自動車・航空博物館になり、古今のレーシングカーやA・V・ローの複葉機、ウエリントン爆撃機、ハリアーまで展示中。たぶんコンコルドもいます。すでに空港としては閉鎖の様子ですが、滑走路は約600m残っており、1998年にはブライアン・ミルトンが、ここをスタート・ゴール地として、初のマイクロライト機による世界一周を達成しました。
 Google Earthで見る現在のブルックランズは、昔のレーストラックの痕跡の内側に、短いレースコースや滑走路、格納庫、展示機などが並んでいます。博物館HPのアドレスも挙げておきます。
   http://www.brooklandsmuseum.com/index.cfm

     ○

 FlightGearのブルックランズには、残念ながらサーキットの痕跡はありません。PAPIも無線施設もありませんが、管制塔はちゃんと建っており、心なごむミニ飛行場、という雰囲気です。

 南から低空でローアプローチしたところ、吹き流しが真横にはためいて、滑走路に対し50度くらいの強風でした。スイスで一度、同様の小飛行場で事故を起こしましたので、まずいな…と思いましたが、風下に抜けてターンし、フルフラップで85Ktまで減速、ゆっくり最終進入したところ、今回は大丈夫、行けると思いました。

 無理なら、何度でもやり直す。それでもダメなら、ヒースロー空港へ行くと思い定め、ていねいに横風進入して、右脚からそっとタッチダウン。やれやれ、ロンドンに到着です。

●神風号より、ちょっぴり速く:
 今回の世界一周「プロジェクト・ハイフライト」は、かなりハイピッチで距離を稼ぎました。カイロまで来たあたりで、実は神風号の記録を意識し始めたからです。(ロンドンの着陸地も、同じクロイドン空港にしたかったのですが、すでに廃港です)

 神風号は東京=ロンドン間を、3泊4日の94時間17分56秒で翔破しましたから、絶対時間では勝負になりません。しかし、実飛行時間の51時間19分23秒は、出来れば抜きたい…と思っていました。タクラマカン砂漠などへ大回りした私とは、そもそも飛行距離が比較になりませんが、その分こっちは高速です。
 倍速モードを使うと、飛行時間が正確に記録できませんので、あくまでも概算ですけれど…神風号の飛行距離15,357km(8292nm)に対し、私の松山=ロンドン間は計10326nm、所要時間は44〜45時間。6時間ばかり、早く着いたようです。

 私の世界一周は、ひとまず第1期を終え、若干のお休みを頂いて、今後の針路の研究や飛行訓練をします。(最近の本連載は、やや航空史と観光が多くなった気がします。こんな飛び方・楽しみ方のご紹介もありかな…とは思いますが、ちょっと反省)
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